危機管理業務部 主任研究員
 松並 栄治

 平成24年4月に『株式会社 総合防災ソリューション』に入社し、早3か月が過ぎました。
 新入社員の乗り越える3日、3週間、3か月、3年の三つ目のハードルを越えようとしている時期ですが、改めてこの時期に、私の雑感を踏まえ、当社のご紹介をさせて頂ければと思います。

 私は、陸上自衛隊のOBで、陸上自衛隊では主に隊員の教育訓練及び研究分野、そして災害・警備事案に対処する分野で勤務してきました。
 初級幹部時代には、主力部隊の災害派遣前に被災地域の偵察に行き、住民の方々の安心と期待の視線に接しました。
 陸上自衛隊東部方面総監部においては、ビッグレスキュー等の防災訓練の主務者として、銀座の道路上に戦車を走らせる挑戦をしましたが、願いかなわず、装輪装甲車を走らせることになりました。
 平成23年3月11日の東日本大震災においては、当初は災害派遣されず、この国の一大事に現場に行けないもどかしさを感じながら待機要員として待機していましたが、時期が訪れ、陸上自衛隊の朝霞駐屯地から東北方面総監部へ増加幕僚として派遣されました。
 派遣された先は、福島県庁。地震・津波・原発事故により、その時期では日本で最もホットな場所でした。昼夜連続して張り込んでいる約100名のマスコミの中、視察に訪れる政治家の人達、慰問に来て県知事を表敬する有名人、現場取材をしている有名キャスター、毎日決まった時間に会議室前で取材を受ける東京電力や原子力保安院の人達、福島原発から帰還し玄関先でタイベックスーツを脱ぎ放射線測定器で測定する人達、そして政府や全国から集まった機関の連絡要員、県庁は不夜城となって災害対処の従事者でごった返していました。
福島県庁の報道陣【修正】
<マスコミの人達>

福島県庁廊下での記者会見【修正】
<取材を受ける人達>

 毎日、朝と夜の2回、マスコミの記者やカメラマンが注視する中、その災害対処に従事する人達が集まり、県知事を中心として災害対策本部会議が行われ、犠牲者数、放射能、避難者等の状況報告や各種対策の意思決定がなされていきました。『国民の財産・生命を守る』ために大勢の人達が集まり行動する姿を見て胸が熱くなると同時に、多くの犠牲者が発生する前に、なぜ過去の教訓を生かし備えることができなかったのだろうかと胸を締め付けられるような複雑な思いがしました。
 自衛隊は、厳しい訓練を繰り返して精強さを保ち抑止力を高め、他国が日本を侵略するという『意思』を持たせないようにして我が国を防衛します。
 自治体やその他組織は、災害等の不測事態に対処するため、それが発生した際に組織として迅速に効果的な対処行動がとれるように訓練を繰り返すことが必要です。しかしながら、繰り返し訓練を実施しても、災害という自然の『意思』を消すことはできません。災害は、必ず何時かは発生するものです。つまり、実災害に近似した状況の中で質の高い訓練を実施し、多くの犠牲者が発生する前に備えるしかないのです。

 話は最初に戻りますが、弊社は、自治体やその他組織が実際的(実災害等に近似した状況の中で)・効果的(質の高い)な訓練を実施できるよう、各種業務等を支援しています。(※訓練以外にも、各種計画やマニュアルの作成・修正研修及び講義・講演備蓄品やシステム等のハード面の整備支援等、支援している危機管理事業は多岐に及び、お客様のニーズに合わせた効果的な提案を行っています。)
 スタッフには、多くの自衛隊OBが在籍しており、その経歴たるや、実動部隊を指揮する中隊長・連隊長はもとより、陸上幕僚監部、方面隊、師団等の大部隊を動かす幕僚経験者等、数々の不測事態を経験してきた猛者達がずらりといて、『創造とたえざる挑戦』の合言葉のもと、『人々の生命、身体及び財産を災害から守る』ためのノウハウを日々高めていると感じました。
 会社は営利を追求することはもちろん、社会貢献の役割も併せ持つ組織でなければならないといいますが、弊社は、仕事そのものが社会貢献に直結するものであり、それだけやりがいのある仕事であると自負しています。

 新入社員の雑感のまとめとしては、自治体やその他組織が質の高い防災訓練を実施できるよう、微力ながら今後もご支援させて頂ければと考えております。
『災害等により不幸になる人を一人でも減らすために』