危機管理業務部 研究員
 齋藤 芳

※「海外における危機管理について考える(その5)」のつづき。
 「その5」は、2015年3月16日付の記事を参照ください。



 PKOで派遣されたモザンビークのマトラという地方都市には、もちろん商店やコンビニなどはなく、あるといえば、市場のような場所で現地の人が地べたにむしろを敷いた上に幾ばくかの品物を並べて売っているような店ばかりでした。
 そんな店で、覚えた現地の言葉や公用語である片言のポルトガル語を何とか話ながら買い物をした帰り道のこと、ボロボロの服を纏った現地の子供たちが、敵意に満ちた顔で拳を突き上げ「シノー!」と叫んでいました。
 当時、現地では人種差別が蔓延しており、聞いたところによると、白人、黒人、黄色人種の順で順位付けがされていたようです。「シノー」というのは中国人のことだと聞いていたので、(わざわざ車を停め)子供をつかまえ、「Japao」(ジャパァン:日本)だと大人げなく怒鳴ったことがありました。吃驚した子供は「Japao muito bom(ジャパァン ムイント ボン=日本はとても良い)」と謝っていました。

 また、ある日、駐屯地から車で30分ほどの首都マプートに一軒だけあるマーケットに食品を買いに行った際、マーケットの前で散弾銃を持った黒人のガードマン(警備のためにいるのですが、日本ではこんな風景はあり得ませんね)が、汚れた服装の黄色人種(何人なのかは分かりませんでした)の入店を拒んでいました。
 幸い、我々は国連記章を付けた制服を着用していたので、入店を拒まれたことはありませんでしたが、自分自身があからさまに人種差別的扱いを受け、また、自分以外でもそのような光景を何度も目にし、嫌な思いをしたことがあります。

 PKO派遣各国は、それぞれの国の記念日に他の参加国を招いて親睦パーティーを開催するのですが、その会場となるプールが併設されたレストランに下見に行った時、レストランに入る際にプールサイド横の通路を通ったのですが、下見が終わって帰ろうとすると、黒人店主が「裏から出てくれ」と言ってきたことがありました。
 不思議に思って理由を聞くと、プールで泳いでいた白人の家族(大人2人、子供1人)が、「ここは白人専用だ!」と言い張って文句をつけてきたとのことでした。当時の南アフリカと周辺国に色濃く存在した厳然たる人種隔離「アパルトヘイト」を、身を持って体験した出来事でした。

 今日においても、世界中の至る所で、未だ国籍や肌の色、宗教の違いなどから争いが起こる、あるいは何の関係もない人達が争いに巻き込まれるといった痛ましく、残念な事件や出来事が頻発しています。
 海外に出かける際には、このような「人種差別」についても、危機管理意識としてしっかり認識しておく必要があるのではないでしょうか。

 この世から人種差別や戦争などをなくすことは、もしかしたら不可能な事なのかもしれません。しかし、それを少しでもなくす、あるいは改善するための努力や取り組みの歩みを決して止めてはいけません。それは、今を、そしてこれからの未来を生きる子供達に対して私達大人がしてあげられる大切な事の一つだと思っています。
 いつの日か、この写真のように、国籍や肌の色、宗教の違う世界中のあらゆる人達が、みな笑顔で1枚の写真に納まることができるような日が来ることを願ってやみません。
首都から600km離れたベイラ駐屯地近くの子供たちと