危機管理業務部 主任研究員
 松並 栄治

 清少納言の「枕草子」、鴨長明の「方丈記」、吉田兼好の「徒然草」は、日本三大随筆と呼ばれています。
 随筆とは、言わば日記みたいなものですが、「方丈記」に関しては、他の2冊とは異なる大きな特徴があり、それは、飢饉や地震など、当時の日本国内で発生した災害に関する記述があるということです。
 方丈記は今から803年前、平安時代末期の1212年に鴨長明が書き上げたもので、『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまるためしなし。』という、冒頭の名文は有名ですが、その中に当時の災害の様子がリアルに記述されている箇所があることを知っている方は少ないのではないかと思います。かくいう私も知りませんでしたし、私の妻も、昔は国語の先生を、娘は現役の国語の先生ですが、2人に聞いても初耳とのことでした。

 著者の鴨長明は、方丈記の前半で5つの災厄を語っていますが、その中の4つは自然災害で、1つは人災(清盛による福原遷都とその失敗)です。
 ということで、今回から2回に分けて、以下の4つの自然災害についてご紹介していきます。
大 火(1177年、  鴨長明:23歳)
竜 巻(1180年、  鴨長明:26歳)
飢 饉(1181〜2年、鴨長明:27歳)
地 震(1183年、  鴨長明:29歳)

‖隋_
 『さる安元三年(1177年)四月二十八日だったろうか。風が激しく吹き、騒々しい夜、戌(いぬ)の時(午後7〜9時頃)、都の辰巳(東南)の方向から出火し、戌亥(北西)の方向に広がった。最後には朱雀門、大極殿、大学寮、民部の省まで燃え広がって、一晩のうちにすべて灰になってしまった。
 火元は樋口富小路であったそうだ。強く吹く風に火勢は増し、燃え広がる様子は、扇を広げたように、末になるほど広がっていった。遠い家でも煙にまかれ、近い家ではただ炎を地面に吹き付けるばかりだ。
 空は灰が吹き上げられるので、炎の光が照り映え、一帯が紅いに染まる。その中を、風に吹き切られた炎が一・二町を越えて飛び火していく。それに巻き込まれた人々は正気でいられただろうか。あるものは煙にまかれて倒れ伏し、あるものは炎に包まれてたちまち絶命してしまった。
 身体一つでかろうじて逃れたものは、家財を運び出すことはできなかった。貴重な財宝も塵となってしまった。その損害はどれほど莫大だったろうか。この大火で公卿の十六の館が焼けた。その外の焼けた家は数知れない。都の三分の二にもおよんだということだ。男女死んだ者数千、馬牛のたぐいは数知れない。
 人がなす営みはみな愚かなものだが、これほど危険な京のなかに家を作ろうと財を費やし、心を悩ますことは、大層愚かしいことなのだ。…』

野焼き
 1つめは、京都の「大火事」についての記述です。
 出火・延焼の状況がリアルに記述されているとともに、人的被害や建物被害の状況も記述されています。まさに人口が密集した現在の東京において火災が発生した際の状況を連想させる記述であることがわかるかと思います。

⇔機ヾ
 『…また治承四年(1180年)四月二十九日のころ、中の御門京極の辺りから大きな辻風が起こって、六条辺まで、きつく吹いたことがあった。
 三四町にわたって吹きまくったが、その範囲にあった家などは、大きいものも小さなものも、ことごとく壊れてしまった。さながらぺちゃんこになってしまったものもある。桁と柱だけが残ったものもある。また門の上を吹き払って、四五町ほどもさきに飛ばされたものもある。また垣根が吹き飛ばされ隣と一続きになってしまったものもある。
 ましてや家の中の財宝はことごとく空に舞い上げられ、冬の木の葉が風に吹き乱れるのと同じだ。塵を煙のように吹きたてるので、なにも見えなくなる。はげしく鳴り響く音に、声はかき消され聞こえない。あの地獄の業風であったとしても、これほどのものだろうかと思われる。
 家が破壊されるばかりでなく、これを修理するあいだに怪我をして、身体が不自由になってしまったものは数知れない。この風は未申(南西)の方角へ移動して、多くの人の嘆きをうみ出した。辻風は普通に見られるものだが、こんなひどいのは初めてだ。ただ事ではない。さるべきものの予兆かなどと疑ったものだ。…』

竜巻
 2つめは、京都で発生した「竜巻」についての記述です。
 現代科学でも発生の予測が困難な辻風が平安末期の京都で発生し、当時の家屋を吹き飛ばしてしまう様が記述されています。現代でも竜巻による被害は深刻なものとなりますが、建物の構造が今よりももっと脆弱であったことを鑑みれば、当時の建物被害が想像を絶するものであったことが容易に想像できるかと思います。

 このように、いつの世でも災害によって生起する悲惨な状況は何ら変わることはありません
 そのため、その地域で発生した災害の記録を後世まで残す(伝える)とともに、後世の人はそれをきちんと認識し、教訓として整理したうえで今できる災害対応に確実に反映させることが非常に重要であると思います。

 以上、今回は方丈記に記載された「大火」と「竜巻」についてご紹介しました。
 次回は「飢饉」と「地震」についての記述をご紹介します。