危機管理業務部 主任研究員
 和知 喜久雄

※「東日本大震災から学ぶ!(その1)」のつづき。
 「その1」は、2015年7月21日付の記事を参照ください。



 この情報収集は、私が想像していた以上に成果がありました。
 以下に、その成果を記載します。

仝獣呂燃萋阿垢觴衛官が困っていることは何か。
 基本的には、宿営から災害派遣活動を行ううえでの態勢はほぼ完結しているので問題はないのですが、それでも、備えの観点から、以下の事項が確認されました。
 ・広域避難所となるグラウンドや広場で長期間宿営するので、飲料水をはじめトイレや風呂の水の確保
  が重要になること。
 ・食事は、非常食ばかりでは栄養が偏り士気が低下するため、野菜をはじめ生鮮食料品等の温かい給食
  が必要となること。
 ・被災者に配慮した中で、休養をとるための施設(駐屯地等)がいること。

被災地の駐屯地の機能として保持しておかなければならないことは何か。
 被災地の駐屯地は、災害派遣部隊の集結(宿泊)地となっているため、多くの部隊が入り、通常の施設が全て受け入れ部隊の宿泊施設に代わってしまいます。また、建物以外の敷地にもテントを設置して宿営地化するため、駐屯地の生活居住者が従来の数倍から十数倍に膨れ上がるため、以下のような多くの工夫が必要となります。
 ・駐屯地の警備
 ・給食数の増加
 ・入浴者の増加
 ・水、燃料の確保
 ・給排水
 ・厚生
 ・洗濯、洗車
 ・電気、照明
 ・暖房
 ・駐車場 など

H鏈卉呂涼麁崔呂任郎どんなことで苦労しているのか。
 自らの駐屯地も被災しているため、その機能回復の措置を執りつつ、そのうえで通常以上の24時間勤務体制を執らなければならないため、相当な激務の態勢となっていたことを確認しました。少ない要員で膨大な業務をこなし、しかも、発災当初はしばらく家にも帰らず業務にあたっていたそうです。自衛官としては当たり前のことですが、それでも女性事務官の中には、子供や介護者等の家族のことよりも業務を優先し、泣きながら勤務していたという話を聞き、同胞ながら頭の下がる思いでした。

 災害派遣先の現場に立って感じてきたことを持ち帰り、早速具体的な行動に入りました。
 東日本大震災と同規模の東海沖地震が発災した場合、津波の影響を考慮すると、静岡県の駒門駐屯地と愛知県の豊川駐屯地が重要な活動拠点になると考え、そういった地理的な特性を考慮し、以下の点を提案し、実行しました。
‖燭の部隊を収容でき、大型テント等も設置できる水はけの良い駐車場等の整備
駐屯地に近い演習場内宿営地の整備、宿営地からすぐに駐屯地施設を利用しやすい環境の整備
5訖絅薀ぅ鵑途絶した場合に備えた駐屯地内の井戸の整備
ぞ錣防埖事態に備え、給食調理及びトイレ等の水の備蓄
ッ麁崔郎匈嫁標時の備蓄品の確保及び倉庫の新設
μ覺嶌邏氾が出来る照明設備の設置
Ю茲鮓通した施設整備計画の策定

等、すぐに出来るものは実行し、少し先を見通した内容は計画として要望しました。また、近隣の駐屯地にも情報提供をしました。

 このように、様々なことを具体化できたのは、やはり被災地(現場)に立てたこと、被災地の声を聞けたことでした。そして、これらの実体験に基づく成果等を持って関係者を説得すれば、今まで出来なかったことが出来るようになると感じました。
 先日、駒門駐屯地の管理栄養士に電話をしてみました。今もその時の教訓をいかし、毎食調理用の水を確保して、「備えている」そうです。

 次回は、岩手県大船渡をはじめ、「現地で見てきたこと、感じてきたこと」についてご紹介したいと思います。
03-02
< 岩手県大船渡の埋め立て地に建つ復興のシンボル的ホテル >