危機管理業務部 研究員
 陣内 紀匡

 災害時、身近にある電話の中で最も通じやすいのは、「公衆電話」だということを皆さん知っていましたか?
 2004年の新潟県中越地震発生時は、公衆電話が減少していたため被災住民に不便となったことや、2008年の岩手・宮城内陸地震の時にも公衆電話が最も通じやすかったことなどが過去に報道されていたようです。

 「なぜ公衆電話が災害時に強いのか」ですが、総務省のホームページによると、NTTが設置する公衆電話が「優先電話」と同様の扱いとなっているためだそうで、近年、携帯電話(スマートフォン)・PHSが若年層だけでなく高齢者にも普及し、また、電子メールなどの普及により通話時間そのものが減少していることから、次第に設置数が減少してきているようですが、それでも、大地震のような災害時には携帯電話などに比べて繋がりやすいため、非常時における重要な連絡手段の役割をまだまだ果たしていると言えそうです。
 さて、このような事から、折角の機会だと思い、「公衆電話のルーツと災害対策」等について調べてみました。
 今回は、「大規模災害時の通信について考える」と題して、私なりに感じた事なども踏まえ、調べてわかった事について以下にご紹介します。雑学の一つとして皆さんの参考になれば幸いです。

 公衆電話が最初に設置されたのは、明治23年(1890年)12月のことであり、東京、横浜に電話局が設置され電話事業が開始されると同時に、電話局内に電話所として東京15か所、横浜1か所の計16か所に、電話回線を持たない一般市民のために設置されました。
 開設当初は、電話に対する認識が欠けていたために利用者が限定されていましたが、次第に利用者が増え、5年後には1か所平均8通話に増えたそうです。
 最初の設置から10年後の明治33年(1900年)9月には、上野、新橋の駅構内に磁石式の「自働電話」が設置され、交換手に通話接続を依頼し、必要に応じて10銭又は5銭効果を投入するものであり、硬貨投入の確認は、10銭硬貨は鳴鐘、5銭効果はゴングを鳴らし、交換手がその音を聞いて投入を確認するというもので、終戦後までの50年間にわたって踏襲されたそうです。今では考えられない料金システムですね。
 通話料金については、一般の電話回線の通話料は定額制、公衆電話は市内1通話5分15銭と定められていましたが、当時最低限の生活ができる15銭では利用者が伸びず、5銭に値下げされたそうです。
 大正14年(1925年)10月には、自動交換電話が導入され、「自働電話」という名称が「公衆電話」に改称され、現在に至っています。
 明治、大正と発展を続けた公衆電話でしたが、太平洋戦争で都市が空襲により壊滅的な被害を受けたため、戦前に全国で5,222台あった公衆電話は、昭和20年(1945年)末の頃は僅か623台に激減し、昭和22年(1947年)頃までは、資材不足や硬貨不足等により低迷期が続いたようです。
 昭和26年(1951年)頃には、2種類の公衆電話が存在し、一つは、電話局が設備を提供し店頭に設置する「委託公衆電話」、もう一つは、電話局と加入者が契約した加入電話を店頭に置く「簡易公衆電話」でした。
 「簡易公衆電話」はまもなく廃止されましたが、「特殊簡易電話(ピンク電話)」がそれに類似したものとして継承されています。現在では、時々、飲食店に設置してある物がそれにあたります。
 当時の公衆電話の色は、一般的に黒を使用していましたが、昭和28年(1953年)に公衆電話であることを目立たせるため赤に順次切り替えられ、これにより評判が高まり設置台数も多くなっていきましたが、料金システムが受託者と利用者の間で試算する仕組みになっていたため、かけ逃げや二度がけ等のトラブルが発生するようになり、昭和29年(1954年)に硬貨投入式の赤電話(通称「だるま」)が設置されるようになりました。この硬貨式の公衆電話は「後払い方式」と称され、電話が繋がると10円硬貨を投入しなければ片通話となっていました。
 昭和32年(1957年)、近鉄特急2250系に日本初の「列車公衆電話」が設置され、また、昭和43年(1968年)には、市外通話が可能になるとともに、110番・119番への専用ダイヤル装置(緊急呼出器)が電話機の上部に取り付けられました。
 その後、100円硬貨が使用できるタイプから、テレホンカード式、ICカード対応、ダイヤル式からプッシュ式、デジタル公衆電話等、時代の流れとともに開発・設置され、現在では、大きく見やすいダイヤルボタン、投入しやすいガイド付きコイン投入口、暗い場所でも見やすいオレンジバックライトの液晶ディスプレイ等、誰でも使い易いユニバーサルデザインとなっています。また、一目で公衆電話と分かるグリーンのカラーリングになっています。設置台数については、平成25年度末(2013年)で、195,514台が全国各地に設置されています。

 公衆電話の歴史の一端を記述してきましたが、災害対策については、災害救助法が適用される大規模災害では、広域停電が発生している地域において通話の無料化措置の設定が都道府県単位でなされるようになっています。
 阪神・淡路大震災以降、広域停電を伴うような、また、災害救助法が適用される災害は数多く発生しましたが、平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災では、NTT東日本管轄エリアの17都道府県で、初めて公衆電話の無料化措置が発動されました。
 皆さんも携帯電話等の普及に伴い、ほとんど公衆電話を利用しない毎日をお過ごしのこととは思いますが、電話回線が全てのルートで切断されたり、また、通信機器や回線が被災してさえいなければ、災害時の連絡手段として最も有効な通信ツールだということを是非覚えておいてください。
 なお、設置基準については、市街地(人口集中地域)において、概ね500m四方に1台、それ以外の地域(世帯または事業所が存在する地域)では、概ね1km四方に1台設置されているようです。

 街中でも公衆電話が少なくなっているようですが、これは、ある一定の利用が無ければ撤去される方針になっているためです。このような状態を防災関係者は大変危惧されているという話をよく耳にします。皆さんにおかれましては、これら公衆電話を取り巻く現状等をよく認識していただくとともに、自宅近辺あるいは行動圏内のどこに公衆電話が設置されているかをあらかじめ把握しておくことが大切かと思います。
 ちなみに、私の自宅近傍(約500m)には、災害時に避難場所・活動拠点に指定されている公園がありますが、その途中に公衆電話が設置されており、公園内にも6箇所設置していました。
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< 電話ボックス外観 >

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< 電話ボックス内 >

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< 電話の所在地・番号標示 >

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< 禁煙表示 >