危機管理業務部 主任研究員
 山下 憲美

 平成23年から28年の5年間、山梨県で防災対策専門監として勤務した時、富士山の火山防災について携わる機会がありました。今回は、その経験から、富士山における火山防災について記載したいと思います。
富士山
< 河口湖北岸から見た富士山の北西山麓:右稜線上のポッコリした部分が火口の跡(側火山) >

 わが国には110の活火山があり、気象庁では、その中で富士山を含む34の火山について、噴火警戒レベルを導入しています。現在の富士山の噴火警戒レベルは1です(※ただし、活火山であることには留意が必要です)。
噴火警戒レベル(気象庁HP)
< 噴火警戒レベル(気象庁HPより) >

 富士山は2,200年前の噴火を最後に、山頂火口からの噴火は途絶え、いずれも、山腹に新たな火口を造っては噴火を起こし、次には別の場所に火口を造るという山腹噴火を繰り返しています。ちなみに、江戸時代中期の1707年(宝永4年)に起きた「宝永大噴火」が、現在までにおける歴史上最後の富士山の噴火となっています。この時の噴火は、約2週間続いたそうです。
 このようなことから、次の噴火がどこで起こるのか、火口の位置を噴火前に特定することは困難であるため、火口周辺の立ち入りを規制する噴火警戒レベル2を出すことなく、いきなり噴火警戒レベル3(入山規制:登山禁止・入山規制等、危険な地域への立ち入り規制等)が発表されることになります。
 火山別に設定された噴火警戒レベルを解説したリーフレット「富士山

 このため、例えば、新聞の一面などには、『富士山噴火警戒レベル3』と大きな見出しが出ることとなり、もし上述のような事情を知らない方がそれを見た場合、さぞ驚かされることになると思います。その結果、「富士山周辺には近寄れない」、「富士五湖周辺は危険だから観光を取りやめる」なんていう方も出てくるのではないでしょうか。
 ですが、ここでよく考えてことがあります。それは、噴火警戒レベルは山の名前で発表されるため、その山全体に危険な印象を与えてしまうという問題をはらんでいるということです。他の火山では噴火警戒レベル3で(噴火の規模にもよりますが)、山頂の火口周辺1〜4kmの入山を規制しています。当然、富士山も新たにできた噴火口周辺の範囲が規制されることとなります。しかし、山体の大きな富士山においては、例えば、静岡県側で小規模な噴火が起こり、噴火警戒レベル3が発表されたとしても、十数km〜20km離れた北側の山梨県の富士五湖には、実は観光を諦めるほどの影響はないということです。
 実際に、平成27年に大涌谷で噴火が起こった際、噴火の影響がなかったにも拘わらず、箱根周辺の観光地は風評被害により大きな打撃を受けました。このような事例からも明らかなように、富士山の場合においても(ましてや、富士山のような日本一有名といっても過言ではない山の場合は尚更)、噴火の影響のない地域で風評被害が起こらないとも限りません。例えば、静岡県側で小規模な噴火が発生した場合、噴煙は通常、偏西風の影響で東に流れます。ただ、(たまたま)その時の風向によっては、富士五湖周辺にも火山灰を降らせることがあるかもしれません。しかし、それでも、せいぜい車の上にうっすらと埃程度の噴煙が積もるぐらいです。
 したがって、このような風評被害を防ぐためには、安全面ばかりを強調するのではなく、正しい情報を発信することが何より重要です。つまり、火口から十数km〜20km離れていれば、過去の他の火山噴火の事例からしても、大きな噴石が飛んでくることはなく、風向きによってある程度の降灰が発生するほどで、観光には全く影響がないと言えます。せいぜい、そよそよと吹く風に乗って噴煙が流れてきて、車が降灰で汚れる程度の影響があるくらいだと思われます。そのような場合は、地元の観光協会が洗車券を配り綺麗な状態で帰っていただく、または、車が灰を被って汚れることがどうしても嫌な方は、電車やバスを利用して来ていただく、ことなどをPRする必要があると思います。大切なのは、もしかすると車が灰を被る程度のリスクがある、ということを正しく伝えることなのです。特に、山体の大きな富士山では、気象庁や火山専門家の話を聞き、どの地域が本当に危険なのか、どの地域がどの程度の影響を受けるのか、どの地域までは安全なのか、などについてしっかりと判断する必要があります。

 火山災害以外でもそうですが、自然災害に対しては、ただ漠然と過度に恐れるのではなく、正しい知識・情報等に基づいて、適切に恐れ、対応することが大切であると思います。
 私たちは、自然から様々な恩恵を受けています。その自然は、時には私たちに対して脅威をむき出しにすることがあります。富士山においても、風景や温泉など、多くの恵みを与えてくれています。これから夏休みなどに入り、本格的なレジャーシーズンが始まり、海や山を訪れる方も多くなると思いますが、自然を楽しむうえでは、自然(山であれば火山)と共存して楽しむ、そして、万が一の時には「適切に恐れ、対応する」という心構えを持つことが何より大切なのではないでしょうか。