代表取締役社長
山本 忠雄

※「「平成28年熊本地震」現地調査レポート〜被災地で「備え」について考えたこと〜(その8)」の
 つづき。「その8」は、2016年10月11日付の記事を参照ください。



 平成28年4月26日(火) 
 10:30頃 宇土市役所 
 南阿蘇の宿舎から熊本市内を抜けて宇土市役所に向かった。途中、地震の被害で営業をやめている店舗などを所々で見かけ、また、国道3号線などは自衛隊等の災害派遣車両が走ったりしてはいるものの、普段と変わらないのではないかと思われた。
 それが、宇土市役所の近くになると様子が一変する。特に瓦屋根葺きの家が大きな被害を受けている。益城町ほどではないがそれでもあちこちの家が被害を受け、屋根はブルーシートで覆われている。

 宇土市役所に着いてみると、報道されていた通り、今にも崩れ落ちそうな無残な姿で立っていた。市役所庁舎に隣接する上下水道局の入る建物やその付近のビルは大丈夫なのに、市役所庁舎だけが損傷を受けている。昨日の税務大学校では、耐震補強の効果というものを目の当たりにしたが、ここでは耐震性能というものはこんなにも違うものかということを実感した。
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< 今にも崩れ落ちそうな無残な姿の宇土市役所庁舎 >

 宇土市役所の近くには駐車場と公園があり、そこでは「熊本地震 被災者支援 宮崎県新富町」と大書された大型のコンテナを持ち込み、新富町の方々が被災者に対する炊き出しを準備していた。新富町と宇土市は姉妹都市関係にでもあるのであろうか。あるいは災害時応援協定を締結しているのであろうか。その時の公園にはほんの数えるぐらいしか避難者の車両がなく、避難者の姿も見かけなかったが、食事時には多くの被災者が食事等を貰いに来るのであろう。
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< 炊き出しを準備する宮崎県新富町の方々 >

 また、その脇では老年のご夫婦がキャンプ用のテントを張って避難生活をしていた。昨夜の雨で地面は水が溜まっていたため、2人で除水のための水路を掘っていた。自宅は大丈夫であるが、余震が収まらないことから、他の人達が避難して来た時の受け入れの意味もあって公園での避難生活を続けていると言う。お二人は登山が趣味ということで、その技術を避難生活に活かしていると張り切っておられた。これもまた防災リーダーの一つの姿であろう。
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< 公園内でキャンプ用テントを張り避難生活を送るご夫婦 >


 10:30頃 宇土市市民体育館
 宇土市役所の周辺を見た後は、市の災害対策本部が入っているという市民体育館に向かった。体育館の前では、他自治体からの応援職員の方が駐車場への誘導をしていた。誘導に従って駐車場に入って行くと、市民の方々の車の他、自衛隊や関係機関の車両が停めてあった。
 鹿児島県医師会の車両も2台並んで駐車していたが、その車には「災害派遣」との表示が付いている。そう言えば、熊本県に来てからこれまでも「災害派遣」と表示を付けて走っている車両を数多く目にした。「災害派遣」は自衛隊が都道府県知事等の要請で出動する時の法律用語であり、その車両には「災害派遣」の表示を付することが義務付けられているものである。したがって、警察、消防、海上保安庁、その他の省庁の部隊等は「災害派遣」という用語は使わず、「災害出動」「災害支援」「災害対応車」等の用語を使い、また、表示をしている。しかし、この熊本地震では、省庁に属さない機関・団体などの中には「災害派遣」を使用している所もあるようである。確かに「災害派遣」は、当該機関・団体が、災害のために派遣をするということで、一番しっくりくる言葉であることから、軽易に使用しているのかもしれない。しかしながら、他の機関・団体が行う被災地支援の活動は、自衛隊の災害派遣とは違うものなので、「災害派遣」という用語を使用するのは如何なものかと思う。
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< 「災害派遣」との表示が付いた鹿児島県医師会の車両 >

 体育館の玄関を入ると、左手壁際には、水などの物資配給所、正面のアリーナへの入り口には総合案内所、右手の待合の椅子には15名くらいの住民が座っていた。
 右側の小会議室のドアに「災害対策本部会議」の張り紙があった。ドアを開けてみると、中では数人の人達が何やら話し合っていた。この広さでは、関係機関の人達も含めた災害対策本部会議を開くのは難しいのではないかと思われた。
 その向かいの教養室では、り災証明書の受付が設置されており、沢山の人が訪れ、市職員に相談をしていた。
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< 教養室に設置されたり災証明書の受付 >

 階段を昇って2階の観客席に行き、アリーナ全体を眺めた。アリ−ナを真ん中で仕切り、正面に向かって右半分は物資集積所、左半分は災害対策本部の執務室として使用していた。もっとも、その執務室の中にもなぜか沢山の物資が積まれていた。
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< 宇土市市民体育館のアリーナ全体の様子 >

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< 市災害対策本部の執務室スペース(左半分) >

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< 物資集積所スペース(右半分) >

 物資集積所の中では、市の職員の方と自衛官が何やら調整をしていた。また、執務室の方では、市職員の他、長崎県の職員や沖縄県の応急危険度判定士の方、陸上自衛隊第8特科連隊(熊本市)や九州地方整備局の連絡幹部、日本医師会災害医療チーム(Japan Medical Association Team:JMAT)や鹿児島県歯科医師会、ボランティア調整本部の方々が卓球台を間仕切り、掲示板、執務机などに利用しながら、それぞれの執務場所を作って業務を行っていた。
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< 市災害対策本部の執務室スペース内の様子  

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< 市災害対策本部の執務室スペース内の様子◆ 

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< 市災害対策本部の執務室スペース内の様子 >

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< 市災害対策本部の執務室スペース内の様子ぁ 

 アリーナ入口に近い壁には、6人くらいの若い男女がパソコンに向かい、何やら懸命に作業をしていた。誰が何をしているのだろうと話しかけてみると市職員の方々で、市庁舎に入ることができないため、ここでシステムから各種データを取り出しているのだという。
 宇土市のホームページには、更新日2016年4月19日として、「対策本部移設の件」との見出しで、以下のようなお知らせが掲示されている(平成28年6月30日朝現在、原文のまま)。

宇土市役所からお知らせです。
本日(19日)より,宇土市災害対策本部を宇土市民体育館に移します。
市民体育館でできる手続きは,次の通りです。
・り災証明の手続き
・住宅相談窓口
  ※その他の手続きについては,準備中ですのでしばらくお待ちください。
  また,今まで宇土市役所裏の駐車場に配置しておりました,救護所・ボランティア受付窓口,
  各種災害物資受付窓口も,災害対策本部移転に伴い,宇土市民体育館へ移動しましたので,
  ご注意ください。


 宇土市災害対策本部は、4月16日の本震により市庁舎が危険になったことから、駐車場にテントを張って活動していたそうであるが、4月19日から市民体育館に移って来たとのことである。市民体育館の中で目にした業務の状況は、まさに「お知らせ」のとおりであった。

 市庁舎内で災害対策本部活動ができなくなるということは大変なことである。当面の災害対応−被害情報等の収集、県や関係機関等への連絡・報告、災害応急対策の検討・実行指示、災害対策本部会議の開催、災害情報等の発信など−を行いつつ、災害対策本部施設の諸々の準備−業務を行うために必要な執務机、照明器具、電話や通信機、パソコンやコピー機などの事務機器、地図、ホワイトボード、筆記具や用紙などの事務用品等々、さらには災害対策本部移転についての関係機関や住民などへの連絡等−をしなければならない。それも予期し、計画があってのことではなく、行き当たりばったりの状態の中でのことである。
 このような事例は、前述の益城町役場だけでなく、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災でも多く見られたことである。今回もまた、想定外、業務継続計画(BCP)がなかったと盛んに報道されていたようであるが、我が国においては地域防災計画の中で災害対策本部設置の代替施設を記載している自治体はあるにしても、移転計画まで詳細に検討し、訓練等を実施しているところは皆無と言っていいであろう。また、自治体の業務継続計画にしても、災害時(非常時)優先業務を列挙して終わりとしているように見受けられることから、災害対策本部の移転・開設ということまでを含めた、実際的、実践的な計画に見直すことが求められる。

 体育館のアリーナからロビーに出た時、玄関ドア付近でダンスをしている中学生と思しき3人の女の子がいた。私が話しかけるとダンスを止めてしまったので、「ビデオで撮るから、是非踊って見せてほしい。」と頼んだが、照れて踊ってはくれなかった。3人とも明るい可愛い笑顔であった。このような子供たちの明るさが大人達の元気を呼び起こす「素」になるのであろう。せめてもの想いを込めて「頑張ってね」と声をかけて外に出た。

 次回に続く。