代表取締役社長
山本 忠雄

※「「平成28年熊本地震」現地調査レポート〜被災地で「備え」について考えたこと〜(その9)」の
 つづき。「その9」は、2016年10月17日付の記事を参照ください。



 13:30頃 熊本市役所 
 宇土市民体育館を出た後は、しばらく市内の避難所や被害の状況を見てから熊本市役所に移動した。
 中央区役所側の玄関には「緊急避難所」の張り紙が貼ってあった。建物は、天井が落ちる、ガラスにヒビが入るなどの被害を受け、立入禁止の表示があちこちで見られたが、市民の方も沢山来ていて、業務は通常のように行なわれているようであった。
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< 「緊急避難所」の張り紙が貼られた中央区役所側の玄関 >

 災害対策本部を見ようと4階に上がって行くと「情報調整室」があった。中には、中央に地図があり、総務班と広報班、その左側には情報班、右側には調整班が配置されていた。入口に張られたレイアウト図によれば、情報班と調整班の要員は各部局から1名ずつ派遣されているようである。入口に近い所には、仕切りを置いて自衛隊の指揮所と新潟市からの支援要員の席があった。新潟市は政令指定都市間の応援協定に基づいて支援に来ていたのであろう。
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< 4階の情報調整室内の様子 >

 自衛隊の指揮所には、第42普通科連隊の副連隊長が詰めていた。副連隊長によれば、「連隊は、給食・給水・入浴支援、物資輸送等の生活支援を行っているが、電気・ガス・水道等の復旧に伴い、逐次物資輸送に重点が移っている」とのこと。また、物資輸送に当たっては、
 〇抉臺資一覧リスト(東日本大震災の際に作成され、仙台市から提供を受けたものであるとのこと)
  に基づき、隊員が支援物資を各避難所に輸送・配分する
 ∧資配分時、隊員が、避難所のニーズを聞き取り、本部に報告する
 K槁瑤聞き取り結果を支援物資一覧リストとして作成し、翌日の物資配分に利用する
という手順により、避難所のニーズに対応しているとのことであった。ここでも、新潟県中越地震から始まり、東日本大震災の際にも行われた自衛隊による避難所ニーズの把握(悪い言い方をすれば「御用聞き」)が避難者支援に大きな成果を収めていた。また、仙台市の災害対応の教訓も活かされていることを確認することができた。
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< 自衛隊の指揮所内の様子 >

 熊本市災害対策本部の施設は、3階に危機管理防災総室、4階に情報調整室、5階に災害対策本部(「災害対策指揮室」の表示=おそらく災害対策本部会議室)と各階に分散配置されており、相互の連絡が難しい体制であった。災害対策本部の司令塔=事務局となるべき危機管理防災総室と情報調整室は、少なくとも同じフロアに配置されることが望ましいのであるが、施設の制約−「災害対策本部施設の充実、機能性の確保についての全庁的理解の乏しさ」という方が正しいと思われるが−のために階が分かれざるを得なかったのであろう。
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< 3階の危機管理防災総室内の様子 >

 5階の災害対策指揮室に行くと、池野首席審議員(陸自OB、元北熊本駐屯地業務隊長)にお会いすることができた。池野さんともまた平成24年の防災危機管理教育以来の再会である。
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< 災害対策指揮室で池野首席審議員(右)と >

 池野さんによれば、「現在のところ、被害状況等の把握などを行っているが、災害対策本部の活動は落ち着いている」とのことであった。確かに、情報調整室でも閑散とした雰囲気の中で静かに執務が行われており、熊本県庁と同じように緊迫感に乏しいような印象を受けた。ただ、一方では、池野さんが執務していた災害対策本部室の壁には、避難所や自衛隊の支援状況等とともに、大雨に関する気象情報や避難勧告・指示に関する情報が沢山掲示されており、依然として被災者支援や二次災害防止活動などが進行中であることが実感させられた。
 15時から災害対策本部会議があるとのことだったので、少しだけ労って失礼したが、地震発生以降、家に殆ど帰ることなく不眠不休で災害対応に当たっているそうで、しかも主導的立場にあって大変な苦労をしているだろうことを考えると、本当に頭が下がる思いであった。

 3階から2階に下りて行き、1階を見下ろしてびっくりした。ロビーの待合スペースには避難者がびっしりである。
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< 「避難所」と化した1階ロビーの待合スペース  

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< 「避難所」と化した1階ロビーの待合スペース◆ 

 ロビーは、避難者が思い思いに椅子や床に毛布などを敷いて寝場所として寝場所として占拠しており、すぐ傍のカウンターの中では職員が執務をし、同じフロアでは、り災証明の手続きをする人達でごった返していた。また、日中であるのにも拘わらず多くの老若男女が所在なく座ったり、寝そべっている。
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< り災証明の手続きをする人達でごった返すロビー >

 そして、この人達のためだと思われるが、市役所の玄関には、物資集積所や給水所が開設され、近くの崇城大学の学生ボランティアや市の職員、自衛隊員などが活動していた。
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< 物資集積所となっている市役所の玄関 >

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< 市役所の玄関外には給水車が配置され、給水所に >

 また、ロビーの傍らでは日本医師会災害医療チーム(JMAT)による健康相談所や熊本県獣医師会のペット相談コーナーが開設されていた。
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< 健康相談所やペット相談コーナーが開設されたロビー傍 >

 熊本県庁ロビーの避難者の件(くだり)でも書いたが、これらの避難者のために、多くの市役所職員や関係機関の人達、ボランティアの方々が様々な活動をしなくてはならない。そして、市役所に色々な手続きをするために訪れる市民の方々がロビーを使えないなどの不便を強いられる。言い方は悪いが、自治体は本来の活動に戦力を集中するために、なるべく早くこのような係累を除去しなければならないし、被災住民もまた、いつまでも行政に甘えることなく、本来の避難所に移る、避難所運営などを手伝う、といった意識を強く持つべきである。


 14:50頃 熊本城周辺
 熊本市役所の後は、この日の最後の予定であった熊本城の被害状況を見ることにした。熊本城が大きな被害を受けて無残な姿になっているのはテレビなどでも目にしていたが、やはりこの目で確かめようという思いが強かった。
 市役所前のお濠に沿う通りからも、石垣や櫓が酷い状態になっているのが見えた。観光客であろうか、結構多くの人達が濠端や城に渡る橋の上などで城を眺めたり写真を撮ったりしていた。熊本城への入口には立入禁止のテープが張り巡らされており、市の職員であろうか2名の男女が立ち入らないよう監視していた。
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< 石垣や櫓が倒壊するなど甚大な被害を受けた熊本城 >

 一方、被害調査をしているのであろう、熊本市の職員と思われる人達がお濠の中に入って測量などをしており、また、駐車場には、東京ガスの「災害復旧隊」の表示を付けた車両も停まっていた。地震発生13日目、被災者支援には様々な課題はあるが、復旧・復興に向けた活動もまた進められている。
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< 駐車場には東京ガスの「災害復旧隊」の車両等が並ぶ >

 城の石垣沿いに並ぶ熊本城稲荷神社も熊本大神宮も崩れ落ちて来た石垣や櫓に押し潰されるなどの大きな被害を受けている。本当に神も仏もない。何とも言えぬ哀しい気持ちが湧いていたが、お参りをして余震の鎮まりと一日も早い復興を祈った。私はその時になって、壊れた熊本城の天守閣を見るのは忍び難い気持ちになり、そこまでは行かずに南阿蘇の宿舎に向かった。
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< 地震により倒壊した熊本大神宮 >


 次回に続く。