危機管理業務部 主任研究員
 大木 健司

 私の住んでいる埼玉県A市は、過去に大きな災害に見舞われたことのない所です。ですから、災害に対する備えと言ってもなかなか実感が湧きません(そうは言っても、防災・危機管理に携わっている身ですので、家具の転倒防止処置や非常持ち出し品の準備など、最低限の備えはしていますが…)。
 「天災は忘れた頃にやって来る」とよく言いますが、天災にあったことのない地域では、忘れてしまうような天災(災害)自体がなければ、災害に対する祖先の言い伝えなどもありません。そのため、具体的にどのような災害にどのように備えるか、といった前提もなく、訓練なども行われていないのが現実です。私の住む町内会の集会場には立派な「防災倉庫」もありますが、格納されている「炊き出し用品」は、防災というよりは祭礼などの行事用品と思しき資材で、毎年、町内会の夏祭りの調理器具として活躍しています。

 実はこのA市でも、今から40年以上前に河川の溢水により家屋の浸水被害が発生し、自衛隊の災害派遣を受けたことがあるようですが、私の記憶では、自然災害はそれ以来発生していません。ところが、隣接するB市やC市では、複数の河川が合流する低地があるため、10年に一度くらいの頻度で浸水被害が発生しており、その地域の地名には、「溝」、「沼」、「岸」、「島」、「田」など、いかにも水害が起きそうな文字が見られます
 以前テレビ番組で、広島土砂災害で被害を受けた広島市安佐南区八木地区は、昔、『八木蛇落地悪谷』(やぎじゃらくじあしだに)という地名で、昔から土砂崩れが起こりやすい土地だったという話をしていましたが、被災した方々はこの言い伝えを知っていたのでしょうか?

 平成27年9月の関東・東北豪雨で大きな被害のあった茨城県常総市は、水海道市と石下町が合併してできた地方都市ですが、その水海道という地名は、湛水(たんすい)しがちな低湿地にある集落を意味するそうです。
 「明治三陸大津波」と「昭和三陸津波」の、二度の大津波により壊滅的な被害に遭った岩手県宮古市重茂の姉吉地区には、『此処(ここ)より下に家を建てるな』との先人の警告を刻んだ石碑が海抜約60mの地点に立っており、この警告(教訓)のお蔭もあり、東日本大震災において、姉吉地区は建物被害が1軒も無かったそうです。
 昔から「先人の言い伝え」などとして、人が住んではいけない土地とされている所がありますが、言い伝えの真偽は別としても、自宅の近くに水害や土砂災害の元凶になる、川・谷・沢・崖などが無ければ、そのような災いを被ることはなくなる確率が高いと言えそうです。

 国土交通省のホームページには「水害対策を考える」というサイトがあり、その中に「地名は災害の履歴書」という項目で以下のような記述がありましたので、参考までにご紹介したいと思います。

 土地の歴史や特徴を現在に伝えるメッセージが地名に残されている場合がある。「深」の文字が含まれれば、周囲より土地が低い可能性があり、「沢」の文字では、水のたまりやすい土地の可能性もある。
 宅地開発などにより地名が変わっている場合もあるが、地域の図書館などでは、昔の地名を確認することは可能であり水害対策のヒントになることもある。
過去に水害を経験した土地は、地名に特定の文字を含んでいる場合がある。
 カワチ(川内)、ナダ(灘)、ウシ(牛)、サワ(沢)、フカ・フケ(深)、リュウ(竜)など、かつて水田だった場所は現在でも水に浸かる可能性が高い。一方、先祖を祭る神社や仏閣は、水害を受けにくい場所に建てられていることが多い。昔の地図は図書館や国土地理院で入手可能である。


 平成28年4月に発生した熊本地震では「活断層」の恐ろしさを再認識しましたが、活断層のように自分の目で確かめることが出来ないものもあり、また、昨今の住宅事情を考えると、土地を選んで住むことは難しいかもしれませんが、せめて住んでいる土地の特性を「地名」や「言い伝え」から把握し、水害や土砂災害などに脆弱な土地であれば、危険が切迫する前に早めの避難を開始することが重要と言えるでしょう。
あぶない地名
< この単語が入った地名に要注意(「週刊現代」2015年8月29日号より転載) >

 次回に続く。