危機管理業務部 主任研究員
 井手 正

 令和元年9月9日(月)早朝5時前、千葉市に上陸した台風第15号は、千葉県を中心に多数の住宅被害や倒木、電柱倒壊による長期停電等夥しい被害をもたらし、今でも記憶に鮮明に残っています。
 その当時私は、鎌倉市役所危機管理課の職員として、災害対応に従事していました。鎌倉市でも暴風と大雨で甚大な被害を受けましたが、このうち、特に、二階堂地区では、土砂崩れと倒木により道路が閉塞され、13世帯が孤立したことから、陸上自衛隊の災害派遣を神奈川県に要請するよう求めることとなりました。私は自衛隊OBとして鎌倉市で勤務しておりましたので、必然的に、自衛隊への災害派遣の手続きに始まり、派遣後の活動調整、復旧作業から撤収までの間、市の調整窓口となり活動しました。この経験に基づき、地方自治体として、自衛隊の災害派遣を受けるに当たって留意すべきと感じた事項をまとめました。万が一に備え、各自治体担当者の皆様のご参考になれば幸いです。

1 派遣要請に至った経緯
 土砂崩れの現場は下図、赤塗り斜線地域で、孤立した住家は赤枠内13世帯です。現場は崖地の傍で、写真のように、倒木が電線をなぎ倒して民家を襲い、道路は倒木と土砂とで完全に閉塞されました。作業開始前は、約20mにわたる倒木・土砂の中がどうなっているのか確認のしようもない悲惨な状態でした。なお孤立住民の方々の食糧や物資は、住民の方と消防・市職員とで協力し、梯子を使用した迂回路を設置して、必要な支援物資を供給する体制を取るとともに、市の保健師巡回による健康確認等により凌ぎました。しかしながら停電は、土砂・倒木を撤去しないと解消できないというのが何より切実な問題でした。
図1-2

 当初、市の職員による現場確認では、人的被害があったわけではないため、自衛隊に災害派遣を要請するという発想ではなく、道路を閉塞する土砂・倒木をどのように撤去するかについて、市の担当部と市内建設業者との間で協議し、建設業者が作業に着手することとなりました。しかしながら、現場の状況から、二次災害の危険性があること及び作業量が大きく(法面10m✕20m)、撤去に長期間要すると予測されること、また、孤立地域には、高齢者も多く、復旧作業の長期化はそのまま停電の長期化に直結し、住民の生死にかかわることなどから、自衛隊の災害派遣を県に要請するという選択肢が浮上しました。鎌倉市が自衛隊の災害派遣要請を県に求めるのは、長い歴史の中でも初めてのことでしたが、自衛隊へ災害派遣を要請する3要件である、緊急性、公共性、非代替性を正しく満たす案件であり、市長判断のもと、躊躇なく、9月10日(火)15時15分、神奈川県の災害対策課に災害派遣要請の一報を入れ、県知事への報告を経て、15時25分、県が自衛隊に要請書を提出しました。
 その後、すぐに県の担当者からご連絡いただき、早速、鎌倉市の災害派遣を担任する第31普通科連隊との事前調整の時期、場所の打診があり、日没前までに現場を確認・調整すべきと判断したことから、最速で17時、災害現場近くの鎌倉宮を合流場所に指定し、事前調整が始まりました。

2 現地での事前調整
 事前調整に際しては、現場周辺の明細地図を準備し、持参しました。活動調整に当たっては、まず、現地の地理を理解していただくため、詳細な地形情報を共有できる明細地図を準備し、調整を進めることが必須と考えました。
 次に、自衛隊の受入に際して、災害派遣部隊の活動拠点が必要不可欠となります。今回のような土砂・倒木の撤去作業の場合、大型車両や重機が多数来るので、かなりの駐車スペースが必要となり、かつ、現場に近ければ近いほど望ましいことから、その条件を満たす、現場から約500m離れた鎌倉宮を適地として選定しました。そこで、早速、鎌倉宮の宮司さんに、自衛隊車両の駐車場及び活動拠点としての敷地の提供について打診したところ、この悲惨な状況では、地域一体となって協力するのは当然のことですと仰られ、快く引き受けていただきました。その後、17時以降、自衛隊の調整担当の方々と鎌倉宮で合流、現場の状況を確認し、復旧作業の内容・要領の調整に入りました。この際、自衛隊側から現場調整に来られた方は、第31普通科連隊及びその親部隊である東部方面混成団で、いずれも、派遣内容・要領を決定する権限のある方でしたので、話が早く、非常にスムーズに調整が進みました。市側からは、土砂・倒木を車両が通行できる状態まで除去し、住民の生活道路を回復することを要請しました。自衛隊側は、土砂・倒木の規模が大きいことから、重機による土木作業が主体と判断し、重機部隊を保有する図3陸上自衛隊座間駐屯地に所在する第4施設群機材隊の派遣調整が、現場で即刻なされ、明朝7時頃の作業開始を予定することとして、派遣準備に入りました。非常にスピーディーに調整が進んだという印象でした。
 その日の夜20時頃、通報を受けた座間駐屯地所在の機材隊の担当の方が偵察に来られ、油圧グラップル(左写真)を運用するため、大型セミトレーラーの展開、機材卸下場所、現場までの経路及び現場での使用の可否等の確認が慎重に行われました。

 油圧グラップルは、幅約3m、長さ約10m(アーム展張時)、重量約20tです。鎌倉の道路は極めて狭隘ですので、機材を現場に投入するまで、狭い所で数十cm幅の余裕しかないぎりぎりの通行スペースでしたが、通行の可否や、キャタピラで路面を傷つけることがないか等も含め、慎重に確認されたものと思います。

3 活動の概要
 翌11日(水)朝7時、第31普通科連隊からは副連隊長以下約40名の隊員が鎌倉宮に到着しました。また、前述の大型セミトレーラーに積載された油圧グラップルの運搬は、一般車両の通行を妨げないようにと、深夜移動し、早朝4時、鎌倉宮に進出する等初日から大変ご苦労をおかけました。
図4
鎌倉宮に駐車する自衛隊車両

図5 さて、作業開始に当たって、まず行われたのは、現場の安全確認・確保です。右写真のように、崩壊した崖地に登り、二次災害の危険性がないかどうかを確認するものです。安全確認は、作業開始前、実施間、終了までの終始を通じて行われていました。急傾斜地の危険な現場ですから、慎重に斜面に上り、倒木・土砂の状態を確認する作業は、訓練を積んだ陸自隊員ならではの活動であり、レンジャー隊員も多く見受けられ、頼もしい限りでした。なお、作業開始の立ち上がり時、自衛隊側からの要請で、隊員の安全確保のため、40mロープとスリングロープ(小綱)とを消防との調整で急遽準備し、使用していただきました。
 ここで、作業体制確立のため、現場調整した事項を記述します。
 まず、作業現場が狭隘な場所だったため、車両転回のためのスペースを確保する必要があり、現場傍の住民の方の駐車場を空けていただけるよう、別の駐車場の確保を市の関係職員と調整しました。また、除去した倒木や枝等廃材の仮置場が必要であり、現場付近の空地や市道上の適地を選定し、使用の可否を市の関係職員と協議・決定し、自衛隊側に連絡するとともに、市が準備した廃材運搬車両の運用や搬送先の調整を行う等、職員間の調整で、作業環境が順次整っていきました。
 この間、地域住民の方々も非常に協力的で、梯子、鋸の提供、水道の使用、関係機関車両の駐車スペースの提供等、様々な面で快くご協力いただき、作業が順調に進捗する手助けとなりました。災害に立ち向かう日本人の国民性ということを大きな災害の都度耳にしますが、図6いざという時、日本人は、冷静に、皆で助け合って、困難を克服していく素晴らしい国民性だということを身をもって感じたところです。こうして、撤去作業は、順調に進み、翌12日(木)夕刻には、右写真のように、人が通行できる1m幅程度の通路が開設されました。
 現場には、自衛隊の派遣当初から、東京電力の方もおられ、まずは停電解消を最優先に、復旧作業を進めることで協議したところ、人が通行できる程度の通路ができれば、応急通電が可能ということから、まずは人が通行可能な通路を開設するよう自衛隊と作業調整しました。その結果、12日(木)19時30分頃には、孤立地域の電気が復旧し、まずは、最低限の目的が達成されました。当初、孤立地域の住民の中には、電気がない生活を何ヵ月も強いられると覚悟していた方もおられるほど厳しい状況でしたが、発災後わずか3日目で電気が復旧したのは、奇跡的な早さで、自衛隊の組
織力、作業力の大きさを実感したところです。
図7 この間、建設業者の方にも当初から現場で、様々なご支援をいただきましたが、自衛隊の統制のとれた組織的作業を称賛していました。そして、13日(金)14時30分、自衛隊による撤去作業は、右写真のように、車両幅まで拡幅された時点で終了し、建設業者に引き継がれました。
 また、作業初日から最終日まで、毎朝、作業開始時に市長自らが現場に足を運び、自衛隊員を激励したことは、部隊の指揮を鼓舞する上で大変効果的であり、緊急時にはこうしたトップの動きも対応の成否を握る要素の一つになり得ると感じました。

4 特に印象に残った事項
 ここからは、本作業間を通じて、特に印象に残った事項を3つに分け、記載します。
図8 1点目は、倒木撤去作業の結果、家屋の損壊被害が拡張し、損害賠償に発展する恐れがある場合の対応です。右の写真は、民家の2階の窓を倒木が突き破り、1階部分には、太い幹が寄り掛かっている現場です。この倒木撤去について、家主の方と話したところ、後から増築した部分があるため、建物の構造上、撤去することで家全体が壊れてしまわないかすごく心配だという切実なご相談でした。
 このため、1級建築士の資格を有する市の職員に来てもらい、現場を確認しつつ、自衛隊の作業要領を慎重に決めていきました。その結果、屋根や壁に寄り掛かった枝をチェンソーや鋸を使って徐々に除去し、圧を軽減した後、人力で除去できない巨木を油圧グラップルで挟み込み、引き抜くという手順で丁寧に作業を進めていただきました。
図9 最大の難関は、右写真のように、大木を油圧グラップルで引き抜く時ですが、機材隊の誘導手と操作手(オペレーター)の自衛隊員の息の合った連携が、機材を手足のように操り、最小限の損壊で除去されました。これも正しく日頃の訓練の賜物と感心したところです。
 しかしながら、倒木等の状況によっては、除去した結果、懸念したような家屋損壊被害が拡張し、損害賠償の問題にまで発展してしまうこともあり得ると考えられ、その可能性がある場合には、作業開始前に住民の方と十分に協議し、了承いただいた上で作業を進めることも必要と考えます。
 また、これとは別の損害賠償に係る事案ですが、今回、自衛隊の油圧グラップルを現場に投入する際、進入経路幅が狭小なため、移動間、車体の一部がやむを得ず民家外壁の柵と接触し、若干変形してしまうという事案がありました。市の法務専門監に相談したところ、法律上は、自衛隊の活動中に発生した事案なので、自衛隊法に基づき、損害賠償責任は自衛隊側にあるとのことでした。派遣要請を求めた自治体の立場を踏まえ、市として何とか賠償できないか検討するとともに県とも相談したところ、県と自衛隊との間で協定を締結した上で、県が賠償を行うという回答をいただき、事なきを得たのは幸いでした。
 2点目は、所有者があって財産に類する物品等の撤去や処分についてです。
図10 今回の現場では、垂れ下がった電線や折れた電柱が多数ありました。右の写真は、折れた電柱を油圧グラップルで除去するところですが、現場は、あちこち電線が垂れ下がり、切断しないと作業ができない状態でしたので、東京電力の方に、危険性の確認及び電線切断や電柱除去の許可をいただき、作業を継続しました。また、電線、電柱等の廃材は、電力会社に引き取ってもらうよう、倒木等とは別に集積しました。
 このように、災害現場には所有者がいると、勝手に処分できない財産に類するものがあります。特に、津波や水害では顕著だと思いますが、解体や撤去に当たっては、注意して確認することも必要だと考えます。
 3点目は住民対応についてです。今回の復旧作業では、電気は比較的早く復旧したのは何より良かったのですが、電柱には、電線の他、電話(NTT)線とケーブルテレビ線も掛けられていました。電話線やケーブルテレビ線は電線とは別物ですから、これらは各関連業者が補修しないかぎり、電話、インターネットが繋がらない、テレビが見られない、つまり、情報が得られないため、早く何とかしてほしいとの住民要望がかなりありました。特に、在宅勤務の住民の方は仕事ができない状況が続く切実な問題であり、関連事業者へ連絡し、早期復旧の要請をしました。
 また、住民対応について別件ですが、今回、自衛隊に派遣要請を求めた場所は、孤立地域のみでしたが、その周辺地域でも、土砂崩れや倒木、電柱倒壊等かなりの被害があり、作業現場付近の自衛官に対して、直接、支援を懇願する市民の方々がおられました。心苦しいところですが、お断りせざるを得ないので、派遣部隊の自衛官に迷惑をかけないよう、市として、周辺住民対応にも配慮することが必要だと感じました。

5 結 言
 最後にまとめです。弊社では、自治体が行う防災図上訓練等に対し、多数のご支援をさせていただいておりますが、これに携わって感じるのは、大規模震災等において自衛隊への災害派遣要請を行い、要請内容が決まった後は、これで安心、後は現場の自衛官がすべてやってくれると考えている自治体職員の方がいると感じることがあります。東日本大震災レベルの甚大な災害で自治体の災害対策本部が機能できない場合等やむを得ないこともあると思いますが、自治体の災害対策本部がしっかり機能している場合には、現場の自衛官が対応すべきことと自治体が対応すべきこととの役割分担は常識的に判断できると思いますので、相互に確認・調整しながら、自治体の方には主導的に対応していただくと、自衛隊側も動きやすいのではないかと考えるところです。

【参考】
・鎌倉市への陸上自衛隊の派遣規模(指揮所勤務等を含む。)
東部方面混成団本部(武山駐屯地)  延べ74名
第31普通科連隊(武山駐屯地)   延べ208名
第4施設群(座間駐屯地)      延べ63名
東部方面後方支援隊等(朝霞駐屯地等)延べ24名
資機材 :油圧グラップル1台、大型ダンプ1台、小型ショベルドーザ1台
チェーンソー他