危機管理業務部 主任研究員
 椿山 巖

 令和元年東日本台風と命名された昨年10月の台風19号は、関東地方や甲信地方、東北地方で記録的な大雨を降らせ、国管理河川で12箇所、県管理河川で128箇所の堤防決壊が発生(令和2年1月現在)しました。この台風は、自治体の災害対応、特に大規模水害時における広域避難について、大きな課題を突きつけました。

 今回は、利根川中流域の市町で実施された避難対策を中心に「広域避難」について考えてみたいと思います。

 利根川沿いの茨城県境町では、令和元年10月13日1:47に避難指示(緊急)を発令し、事前の計画に基づき、町外の高校に広域避難を実施しました。最大避難者数は、3,232名、そのうち町外に広域避難したのは2,194名に上りました。また、近隣の埼玉県加須市では、全避難者の1割にあたる約850名が市外に避難しており、さらに上流の群馬県板倉町でも、町外への避難の呼びかけが行われました。
境町_逃げどきマップ(HPより)
< 境町逃げどきマップ(HPより) >

 境町は、人口24,000人の小さな町ですが、利根川が氾濫した場合、町の9割が浸水すると想定されています。そのため、周辺の市町と協定を結び、いざという時に備えていたのです。
 平成29年8月から、群馬県板倉町、埼玉県加須市、茨城県古河市・境町・坂東市などの異なる県の市町と関東地方整備局利根川上流河川事務所で、利根川中流4県境広域避難協議会を設立、開催し、協議を重ねてきました。そのため、住民は、あらかじめ広域避難先に指定されていた古河市の総和工業高校及び坂東市の坂東総合高校に、自家用車による自主避難のほか、社協、県バス協会及び公用車の大小11台の車両を使用して、比較的円滑に広域避難を行うことができたというのです。このような大規模な広域避難が行われたのは、全国的にも初めてのことです。

 一方、荒川流域の江戸川区や江東区など、5つの特別区では、広域避難を検討しましたが、雨風が強まり、鉄道の計画運休も重なったため、かえって混乱を招くとして、広域避難を見送りました。
 荒川と江戸川が氾濫を起こした場合、驚くべきことに、江東5区で、250万人以上が浸水被害にあい、場所によっては2週間以上水が引かないと見込まれているのです。そのため江東5区広域避難推進協議会は、共同で大規模水害広域避難計画及びハザードマップを作成しましたが、昨年の台風19号によって、この計画や想定を上回り、都市部での広域避難が非常に困難であることが明らかになりました。
 課題は大きく3つあると思います。
 1つ目は、広域避難を呼びかけるタイミング。実施を見送る理由となった雨量の基準や鉄道の計画運休との整合性を見直し、いつ避難を開始するのか、判断材料を準備する必要があります。
 2つ目は、移動手段の確保です。風雨の中、徒歩や自転車での移動は困難ですし、自家用車を使用すれば大渋滞が発生します。鉄道が止まった場合の大量輸送をどう考えるのかが大きな問題です。しかしながら、臨時列車の運行やバスやタクシー会社との協定だけで、250万人を移動することは不可能でしょう。
 3つ目は、避難場所の確保です。江東5区では、浸水しない地域の親戚、友人、知人宅への避難を第一に、民間の宿泊施設への避難を勧めていますが、公的機関の関与を求める住民の声は大きくなるでしょう。
江戸川区_広域避難イメージ(HPより)
< 江戸川区広域避難イメージ(HPより) >

 江東区長は、記者会見で、「現状で、250万人が避難するのは無理。垂直避難等が必要。」といった内容の発言をしています。境町とは、人口規模や住宅密集度等が全く異なるため、江東5区が、同様の対策を取ることは効果的とは思えませんが、避難対象や避難地域を選定(優先順位など)した上で、3つの課題、特に移動手段と避難先をクリアしていくしかないのかもしれません。

 最後に、内閣府の「広域避難計画策定のための具体的な検討手順(平成30年6月)」を以下に記しておきます。
(1)基本となる対象災害と対象地域の設定
(2)域外避難・域内避難のバランス
(3)移動困難者の避難先の確保
(4)決壊後における浸水区域内からの救助可能性の検証
(5)大規模・広域避難に要する時間の算出
(6)広域避難勧告等の判断基準の設定
(7)大規模・広域避難の避難先の確保