危機管理業務部 主任研究員
 福島 聡明

 2011年5月24日付のブログで、「保育中の園児死亡ゼロ:犠牲者ゼロの奇跡」という宮城県のある保育園での津波避難に関する記事をご紹介し、避難訓練の重要性について触れました。
 震災から3カ月後の6月下旬になって初めて、同じ宮城県内のある保育所で園児3人が死亡していたという事実が判明しました。
 大変残念な気持ちと同時に、なぜ3カ月もの間その情報が表に出なかったのか疑問に感じましたが、実際に、命がけで子ども達を守った保育園は少なくありません。
 今回は、岩手県の保育所における津波避難の実例(記事)をご紹介するとともに、「実際的・実践的な避難訓練の在り方」について考えてみたいと思います。
 以下にご紹介する記事は、読売新聞(2011年4月28日付)に掲載されていたもので、ご覧になった方も多くいるかと思います(※実際の名称、氏名等は伏せています)。

 岩手県にある人口約4,700人のA村では、震災で28人が亡くなり、450戸以上が全半壊するなどの被害が出ました。
岩手県内の津波被害
< 東日本大震災時の岩手県内の津波被害 >

 そのA村にあるB保育所では、東日本大震災の発生時にちょうど避難訓練の準備をしていたそうです。建物は津波で無くなってしまったそうですが、約90人の園児と14人の職員は全員無事でした。このB保育所では月1回のペースで避難訓練を行い、常に津波を意識していたそうです。

 震災当日は、午後3時から毎月恒例の避難訓練を予定していたそうです。訓練は火災、地震、津波の3つの想定で行われており、津波訓練の場合、15分以内に約500m離れた「高台の家」に避難する段取りだったそうです。
 主任保育士の方はこの日、園児たちの昼寝をいつもより早く切り上げ、着替えをさせていた時に地震が発生しました。
 主任保育士の方は激しい横揺れに耐えながら「大地震が来たら『C坂』に逃げろ」という地元の言い伝えを思い出していたそうです。C坂は避難場所から更に奥にある高台へと向かう坂で、それを登り切れば津波でも安全だとされていたそうです。
 避難する際、0歳児をひもで背中にくくり、1歳児の10人は保育所で「避難車」と呼ぶ大型の乳母車に乗せました。その後、上履きのままの園児達が続いたそうです。
 500mほど進むと避難場所である高台の家にたどり着きましたが、黒々とした波の塊が防潮林を超え、海岸沿いの国道を走る車をのみ込もうとしていたことから、高台の家も危ないかもしれないと判断し、さらに約500m離れたC坂を目指しました。必死で走りC坂を登りきった時、坂の登り口で津波が止まったのが見えたそうです。
 乳幼児を連れての避難は時間がかかります。この事例は、日頃の訓練で周到な準備をしていたというだけでなく、職員らが避難場所についても油断せずに最善を尽くしたことが生んだ結果であったと思います。
 幼い頃の十勝沖地震の経験や「C坂」の言い伝えに助けられたというこの主任保育士の方は、「教訓を次の世代へ伝えていくことが大切。」とし、「津波の怖さはだんだん薄れる。先祖や親から教えられたように、子供達や若い職員にも伝え続けていかなくてはならない。」と語ったそうです。

 東日本大震災を受け、44都道府県と15政令市が地域防災計画の見直しを始めているという記事が、同じく読売新聞(2011年7月12日付)に掲載されていました。
 震災後、多くの自治体が危機意識から、国の防災指針の決定を待たずに対策を進めている実態が改めて明らかになった形と言えます。
 避難訓練については、前述の岩手県の保育所のように、いつ起きるかもわからない地震、それに伴う津波、火災など、地域で考えられる複数の事態を想定して実施しておくことが大切です。
 また、訓練実施の際には、時間経過の記録避難時のルールの徹底など、安全かつ迅速な避難要領を体験・検証するとともに、防災無線等を活用した区・市への報告要領の習熟(区立や市立保育園等の場合)、災害伝言板を活用した安否伝達手順の確認等も併せて行うことで、本番さながらの、より実際的・実践的な訓練が期待できます。
 そして、訓練実施後には、把握された避難経路上の危険(あるいは安全)個所や抽出された避難実施上の問題点・留意点等、訓練で得られた成果を既存の避難マニュアルや計画に反映する、あるいは保育園等で独自の防災マップ(高台や避難経路等を地図上に記入したもの)を作成するなど、「PDCAサイクルによるスパイラルアップ(Plan(計画)→Do(訓練の実施)→Check(訓練による点検・評価)→Action(処置・改善))」が重要です。
 現在、地域防災計画の見直しを進めている自治体で、沿岸にある15政令市のうち12の政令市が、津波が起こった際に逃げ込める「避難ビル」を新たに指定したり、数を増やしたりしているそうです。これは、津波が想定される地域の場合ですが、津波が想定されない首都圏等の内陸部の場合には、例えば、最寄りの避難所以外に、一時的な避難場所として利用できるよう、近隣にある耐震性の高いマンション等を予め避難マニュアル等に盛り込んでおくといったことも、いざという時には有効だと思います。
 さらに、地域の消防団や自主防災組織、あるいは防災リーダーの方々にも協力を仰ぎ、地域と連携した避難訓練を実施することにより、地域住民の避難意識の高揚ならびに地域コミュニティによる避難支援や助け合い精神の醸成等を図ることも期待できます。

 このように、避難訓練は「ただ実施するだけ」ではなく、管轄自治体の施策等にも注目するとともに、真に危機管理意識を持ち、創意・工夫をこらした「実際的・実践的な避難訓練」こそが、今まさに求められているのではないでしょうか。