危機管理業務部 主任研究員
 松並 栄治

 私は、支援業務の一環として、平成25年3月に初めて「災害エスノグラフィーの聞取り調査」に参加しました。
 災害エスノグラフィーとは、民俗学、文化人類学で、異文化を科学的に記述するエスノグラフィー(エスノ:民族、グラフ:雑誌の「誌」)という研究手法を防災の分野に取り入れたものです。
 大災害という事象を記録するためには、アンケート調査等の定量的調査、公式の報告書等では限界があります。災害現場に居合わせた一人ひとりの異なった言葉を聞き、その人達にとってその災害がどう映ったのかということを整理し、その個人の体験をもとにして、将来に向かって何が残すべき教訓なのか、他の災害にも普遍化できる知恵や事実は何であるかを明らかにしていくことが大切です。
 災害現場に居合わせなかった人々が、災害とはどういう文化なのか、被災地では何が起きるのか、それを追体験、共有化できるようなかたちに、災害の「暗黙知(経験や勘に基づく知識のことで、個人が言葉にされていない状態でもっている知識のこと)」を「形式知(文章や図表、数式などによって説明・表現できる知識のこと)」に変換し、個々の体験を組み立てて翻訳していくことが、災害エスノグラフィーです。

 災害エスノグラフィーの聞取りは、インタビューアの質問にインタビュー対象者が答える形で進められますが、基本的にはインタビュー対象者の自主的発言が主体となります。
 実際に聞取り調査の場面を見て感じたことは、インタビュー対象者が、当初は何を聞かれるのだろうかといった不安な表情を見せていたのが、中盤になると明らかに不安な表情は消え、身振り手振りを交えた話ぶりになり、終盤には心の奥にしまっていた過酷な災害対応経験を吐き出すように、話が尽きない状態になっていることです。と同時に、そのインタビュー対象者の変化には、インタビューアの巧みな聞取り技術があると感じました。
災害エスノグラフィー
< 災害エスノグラフィーの聞取り調査の様子 >

 以前、初級カウンセリング教育を受講したことがありますが、インタビューアの聞取りには、カウンセリング技術と共通するものがあると感じました。
 カウンセリングの初歩技術として「受容・共感・傾聴」があり、「相手の話を聞く(傾聴)」技術として、「うなづき・相づちを入れながら聞く(入れてやると話し手は話しやすいもの)」「話し手の話を繰り返してやる」があり、まさに災害エスノグラフィーの聞取りにおいても、インタビューアが「相づちを入れながら、時には話し手の話を繰り返し」して、インタビュー対象者が話し易いようにしていました。

 時間の経過とともに失われていく過去の災害の記録を形式知化し、災害対応の経験知として蓄積し、教訓として活用するためには、災害エスノグラフィーは有効な手段であるとともに、その聞取りには、心の奥にしまっていた過酷な災害対応経験を吐き出させるためカウンセリング技法が必要であると感じさせられた貴重な経験でした。