危機管理業務部 防災課長
 岩崎 健次

1 災害対策基本法の2段階の改訂
 政府は、東日本大震災の経験から得た数々の教訓から、災害対応の法的基盤である「災害対策基本法(以下「災対法」という。)」の改訂作業を行ってきており、緊急に措置を有するものについては、既に昨年6月、第1弾の改訂版が法案化され、施行されています。
 更に近頃、第2弾の改訂版についても、現在、政府案が国会に提出され、ほどなく法案が成立・施行されるものと思われます。
 これら改訂版災対法は、震災後2年を経過してようやくわが国の新たに深化された防災体制の“基軸”となって、近い将来発生することが危惧される大災害への対応を見据えた実効性のある制度になることが期待されています。

2 災対法の改訂経緯と改訂の考え方
 災対法は、1959年(昭和34年)死者・行方不明5,000人以上の被害のあった「伊勢湾台風」を契機に、それまでの防災関連の法律を取り込んだ一般法として成立しました。
 その後の災対法の改訂は、大規模災害等による政府・自治体・住民等の貴重な災害体験から得られた教訓に基づき、新たな問題・課題が抽出され、多くの科学的な検討等(中央防災会議の審議等)のうえで構築される一大事業です。
 記憶に新しい最近の大改訂を促したのは、平成7年の阪神淡路大震災であり、局地的でも家屋倒壊等による多くの死者と負傷者を発生させる「都会型の直下地震」として多くの課題と教訓を残しました。
 防災関係機関は、発災直後の被害状況の把握に手間取るばかりでなく、政府の初動対応や自治体の応援要請も不十分で、早朝の市内の火災延焼が二次災害を拡大したことに大きな特徴がありました。
 教訓を生かして、先ず手を付けたのは、多くの制約のあった自衛隊の災害派遣に対する円滑な出動と活動の確保であり、また、不十分であった自治体相互の協力や道府県知事の市町村への事務代行への道筋を付けたことです。これらのことは、阪神・淡路大震災から14年後の東日本大震災では、大いに生かされています。しかしながら、これで十分であったわけではありませんでした。
 東日本大震災は、前者と対照的な広域沿岸部に対する「海溝型地震」であり、大津波を発生させ、沿岸部の被害と原発の更なる放射能汚染を誘起した「複合型の連鎖被害」であったことです。
 初動は極めて早く、政府の対応も迅速でしたが、広域沿岸部の市町村が一挙に壊滅・流出したため、連絡体制、応援体制の機能が長時間にわたって失われる事態となり、その教訓から、緊急の住民への避難指示体制や災害直後から継続的で十分な広域応援体制を確保する等の改訂が図られることになりました。
宮城県内の津波被害4(捜索状況)
< 東日本大震災の被災地で捜索活動にあたる警察の応援部隊 >

 今回の改訂で特に目を引くものに、緊急の支援物資の物流の仕組みの改訂があります。従来の支援物資の現地要望に基づく「プル型」支援から、国の判断で積極的に物資を供給する「プッシュ型」支援という「ニーズ予測型」への改訂です。また、避難後の長期間の避難所運営支援や被災者支援、老人や心のケア支援、被災者への当面の生活金融支援など、被災自治体への多様な支援を実行できる改訂となりました。

3 災害対策基本法の改訂による防災関係者への新たな期待
 我が国の災対法は、前述した歴史的な貴重な災害経験と教訓の中から生まれ、育てられてきた世界をリードできる法(一般法)です。それを実行に移すソフト・ハードの防災力は、今から多くの懸念を有するものもありますが、多くの共通の災害で脅かされる国々、中国、米国、アジアの新興国等に対しては、多くの有益な技術・ノウハウで協力できるものと考えられます。わが国の防災力は、経済協力や商業的な技術協力の他の隠れた「わが国の重要な資源」「世界貢献力」に位置づけられると考えます。もちろん、一方で、次なる大規模災害への備えも忘れることはできません。
 特に防災関係者への提言として、新しい災対法の基本理念も見ながら、以下の2項目を掲げました。

 〆匈欧料枋蠅鮓把蟆修擦此⊆匆饐霎の変化や災害の知見に基づき常に想定する。
  過去の過去の教訓を踏まえた備えと警戒心を保持する。
 ∩瓦討糧鏗欧魎袷瓦頬匹阿海箸鷲垈椎修任△蝓限られた予算や資源を集中的にかけることで、
  結果的に被害の最小化を図る「減災」を心がけ、一人でも多くの命を助けることを考える。
  このための平常時の防災体制を確立することです。