危機管理業務部 研究員
 齋藤 芳

※「海外における危機管理について考える(その1)」のつづき。
 「その1・前編」は、2014年5月19日付の記事を、
 「その1・後編」は、2014年5月26日付の記事を参照ください。



 平成26年は、弊社に入社前に陸上自衛官として東アフリカのモザンビーク共和国に国連平和維持活動(PKO)の輸送調整要員として派遣され、帰国してから20年という節目の年になります。
 私の担当回では、20年を振り返って、今も共通するであろう「海外における危機管理」の一端をシリーズでご紹介しております。
 第2回目は、「病気にまつわる話」です。

 海外に行くと日本ほど衛生環境が良くない国があり、日本ではまず聞かないような病気もあります。
 私が自衛官時代にPKOで派遣されたモザンビークでは、狂犬病にかかった犬がおり、ポルトガル軍の衛生兵から「○○にうろついている犬には近づくな」と言われたことがあります。日本での狂犬病は1957年以降発生しておらず、通常、狂犬病の予防処置は必要ありませんが、最近では、2006年にフィリピンで犬に咬まれて帰国後に発症、その後に死亡したケースがあります。実際に狂犬病にかかった犬を見たことがあります(車に乗って窓越しに近づいてみただけで、決して接触はしていません)が、うつろな目をしており、涎を垂らしながら歩いていました。
 このように、海外に行く際は、日本では全く見ないような病気に対する危機管理(危機意識)はやはり必要です。

 また、この他にも、ハマダラカが媒体するマラリアにも注意が必要です。現代では、日本やヨーロッパなどの温帯地域はマラリアの流行地帯ではありませんが、マラリアの発生・流行は、現在、熱帯・亜熱帯地域の70か国以上に分布していると言われており、全世界で年間3〜5億人、累計で約8億人もの患者が発生し、死者数は100万人以上に上ると報告されています。最も影響が甚大な地域は、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国であり、当時、PKOでその中のモザンビークに向かうわけですから、当然、週1回の抗マラリア薬(メフロキンという薬)の服用は欠かせませんでした。今だから正直に白状しますと、副作用として体がだるくなる症状が出てしまうため、それを嫌がって飲まずに捨ててしまっていたこともあります。今思えば、病気に対する危機管理意識の欠如であったと反省しております。
 我々の駐屯していたキャンプマトラ(ポルトガル軍が開設)は、外柵は一部にしかなく、現地の難民キャンプの子ども達が毎日のように遊びに来たり、簡単な作業(草むしりなどで小遣い稼ぎ)をしていたのですが、ある日、その中の男の子の1人がパッタリと姿を見せなくなったことがありました。

09_現地の子ども

 他の子どもに尋ねると、マラリアで寝込んでいるというので、彼の家にお菓子を持って見舞いに行ったことがあります。家といっても、外壁は泥で塗り固めただけで、草で葺いた屋根は隙間だらけで窓もなく、中(3畳程のスペース)に入ると、土を10cm程高くした上に藁を敷いただけのベッドがあるだけで、家財道具は鍋が1つだけでした。勿論、電気やガスなどは通っていません。そんな家の中で、彼(推定12歳)は高熱で唸っていました。周囲は湿った草むらで、蚊や蠅が飛び交っていました。

09_現地人の家

 ちなみに、我々の宿営地は、テントの中に蚊帳を張った鉄のベッドでしたから、暑さを我慢さえすれば良いのですが(とは言っても、日中は気温50度にもなり、夜でも少45度はある環境)、現地の人は慣れているのか、蚊に食われても気にしていないようでした。夜になると電気もなく暗いので、灯りの代わりに焚火を囲み、歌を歌って過ごすような生活では、そうなるのも仕方がないのかもしれません。
 また、我々のキャンプの個室(壁はない)というべき便所では、昼間、用を足そうとしゃがむと同時に尻が真っ黒になるくらい蠅が飛び交っていました。

09_便所

 宿営地に入って3日目位までは、頭に防虫ネットを被り、長袖、長ズボン、長靴姿で、皮膚の露出した部分には虫よけ剤を塗って用を足していたのですが、雨季に熱帯地方へ派遣されたわけですから、そんな恰好でいるとあっという間に汗でびっしょりになります。しかも、風呂のない生活ですから、体がベタベタして気持ち悪いのと、どうせ尻を出すのだからという開き直りからか、皆そのうちTシャツ・短パン・サンダル姿で用を足していました。これも、完全な危機管理意識の欠如であり、今更ですが反省しております…。

 この他には「エイズ」がありますが、自衛隊の名誉にかけて申し上げますと、誰も女性とは(感染するような)接触はありませんでした。

09_現地の女性

 ちなみに、某国の司令官は、エイズに感染して任務途中で帰国、一緒にいたポルトガル軍の兵士の一人もエイズが疑われ、途中で帰国しました。国を代表してPKOに参加しているのですから、そのような事は断じてあってはなりません。こと日本においては、出国前の病気に対する危機管理教育が功を奏しているのだと思われます。

 このように、海外に出ると、気を緩めると大変な事態になりかねません。思わぬ落とし穴が待っているかもしれないのです。「自分だけは病気にかからない」などと変な自信を持つことなく、これら病気に対する危機管理意識を持つと同時に、自分の行く国や地域ではどのような病気のリスクがあるのかなど、あらかじめ病気に関する情報をしっかりと把握しておくことも大切ですね。

09_注射器2本のみのザンビア軍医務室前

 次回は、「危険生物にまつわる話」をご紹介します。