危機管理業務部 主任研究員
 松並 栄治

 新幹線の事故として記憶に新しいものとしては、2015年6月、新横浜〜小田原間を走行していた東京発・新大阪行き「のぞみ225号」の社内で、71歳の男がガソリンをかぶりライターで火を着け炎上、男と巻き添えとなった女性が死亡、この他、乗客26名と乗務員2名の計28人が煙を吸うなどして重軽傷を負うといった事故が挙げられます。

 災害に起因するものとしては、阪神・淡路大震災で山陽新幹線の高架橋が崩壊しましたが、幸い地震発生が始発直前でした。
 2004年10月には新潟県中越地震が発生し、震央に近い上越新幹線の浦佐駅〜長岡駅間を走行中だった東京発・新潟行き「とき325号」の6・7号車を除く計8両が脱線しました。地震発生当時、同列車は長岡駅への停車のため、約200km/hに減速して走行中でしたが、早期地震検知警報システム「ユレダス」により非常ブレーキが作動し、脱線地点から約1.6km新潟寄りで停車しました。
 当該列車は、8両が脱線したものの軌道を大きく逸脱せず、逸脱した車両も上下線の間にある豪雪地帯特有の排雪溝にはまり込んだまま滑走したおかげで、横転や転覆、高架橋からの転落を免れました。温暖地などの排雪溝が無い普通の新幹線であれば、横転や転覆、高架橋からの転落等の大事故に陥った可能性も考えられます。
 また、最近では、2016年4月14日の夜に熊本市付近で発生した「平成28年熊本地震」により、九州新幹線の熊本駅から熊本総合車両所に向かって80km/h程度で走行していた回送列車(6両編成)が本線上で脱線しています。

 さて、開業から50年、東京〜新大阪515kmを結び、1日平均42万人を運ぶ東海道新幹線は、先ほどの焼身自殺の他、自然災害では重大事故を起こしてはいませんが、東海沖から九州沖の「南海トラフ」でマグニチュード9クラスの巨大地震が発生した場合、かなりの被害が想定されています。
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 全般的には、架線や高架橋脚等の被害、線路のずれやゆがみの被害などが、静岡県、愛知県を中心に約170箇所で発生すると想定されており、全線復旧には少なくとも1カ月かかり、脱線が起きた場合には、復旧まで2カ月を要するということです。
 細部を見てみると、掛川や浜松、豊橋の各駅付近が震度7、新富士、静岡、三河安城、名古屋、米原各駅が震度6強ということであり、揺れによる架線や高架橋脚等の被害、線路のずれやゆがみなどが発生すると思われます。また、液状化の可能性が高いとされたのが、名古屋、岐阜羽島、米原、新大阪の各駅周辺であり、沿線で大きな地盤沈下が発生すれば、新幹線施設への影響も否定できません。
 津波に関しては、新幹線は高架や盛り土で線路面の海抜が高い区間が多いため危険は少ないと想定されていますが、小田原、清水、浜名湖湖西のように沿岸近くを通る地点では想定外の事態も十分起こり得ると思われます。
 特に、浜名湖湖西の弁天島周辺の新幹線線路の海抜は約6mであり、マグニチュード9クラスの地震が発生した場合、被害想定では、湖西市の遠州灘には最高15mの高さの津波が押し寄せると想定されています。海岸から1.5kmも離れている新幹線の線路が浸水する恐れはないと考えられるかもしれません。しかし、陸上の場合には1.5kmで減衰すると考えられますが、ほとんど海面ばかりの浜名湖南部の場合、弁天島鳥居の中洲を越え、ほとんど弱まることなく10mを越える高さの大波が弁天島付近の新幹線を襲うことになろうことは容易に想像できます。
 今から300年前の宝永大地震(1707年)では、約9mの津波が到達した可能性があると言われています。確かに、今とは弁天島の地形はずいぶん異なりますが、仮にこれと同規模の津波が襲った場合、十分、線路が浸水する可能性があり、「日本の大動脈の中で最も弱点をさらしている場所」と指摘する学者さんもいるようです。
13_012 弁天島地図
 地震発生時に弁天島付近を新幹線が通過していた場合、高速運転中に地震が起きて大津波が来るまでに2分前後、これに対し、新幹線が地震で緊急停止するまでには1分前後はかかり、その1分後には真横から津波を受けることになる、と考えられるのです。
 東日本大震災や熊本地震などの地震災害をはじめ、各地で発生している記録的な降雨など、近年、「こんな事は起こらない」「前例がない」といった、いわゆる「想定外」の事態が当たり前のように、ごく自然に頻発するようになってきていることからも明らかなように、上記の事例は勿論のこと、執るべき対策は、常にこのような「最悪な状況」を想定した対策が求められるのではないでしょうか。