危機管理業務部 主任研究員
松並 栄治
平成28年3月11日(金)の午後2時46分、「東京都内の地下鉄において地震が発生した」という想定の防災訓練に遭遇しました。
訓練自体は、走行中の地下鉄が一斉に停車するというものでしたが、その時、『もしも地下鉄の中にいる時に「震度7」の地震が発生したら』と考えると、鳥肌が立つ思いがしました。
< 訓練で停車している地下鉄の車両 >
阪神・淡路大震災では、地下鉄の駅で柱が多数壊れ、天井が崩落。真上を走る国道も陥没しました。また、東日本大震災では、仙台空港にアクセスする地下トンネルが津波で水没しています。
国の中央防災会議のシミュレーションでは、「地下の線路網が水路となって被害を拡大させるため、東京都市部の22路線130駅、総延長約200kmのうち、最大で17路線81駅、約121kmで改札階まで水没し、霞ケ関駅や六本木駅も浸水する」という結果が出ています。
海抜ゼロメートル地帯が広がる東京の地下には、網の目のように張り巡らされた地下鉄が走っており、地震や津波、その影響による地下水の流出や液状化が発生した場合、地下鉄の乗客はどうなるのでしょうか?それがもし朝夕のラッシュ時だったら?
津波が東京を襲うと地下鉄はどうなるのでしょうか。
首都直下地震の被害想定で、元禄型関東地震(海溝型)による津波を、東京湾平均海面を基準に最大2.61mと想定しました。東京湾の防潮堤の高さは3.5m以上ありますが、防潮堤や海岸護岸が地震で壊れたり、液状化現象で沈下する可能性があり、また、水門や鉄扉が計画通り閉められなければ津波が遡上し、さらに被害が拡大することになります。
怖いのは津波による水だけではありません。
地震による液状化や潮位上昇による地下水位上昇で、市街地の地表から水が噴き出し、地下鉄が水没することも起こり得ます。地下鉄でトンネルが崩落し、溢れ出した地下水で大きく浸水し、乗客は生き埋め状態になってしまうでしょう。
かつて東京では大量の地下水を取水したために地盤沈下が起き、現在では取水規制がかけられています。その結果、場所によっては地下水が60mも上がってきているとのことです。JR東京駅の地下5階にある総武線快速・横須賀線ホームは、地下水の浮力で浮いていると言いますし、東北新幹線の上野駅地下4階ホームも同様に浮いているとのこと。もちろん、地下鉄も似たような状況なのだそうです。
これに対し、鉄道各社は対策を講じてはいます。
例えば、地上に開いた換気口に、遠隔操作で閉鎖でき水深2mに耐える浸水防止機を設置しました。中には、水深6mにも耐える新規格もあるようです。また、駅出入口に設置する止水板を高くしたり、駅の出入り口自体をかさ上げたりもしています。
ただし、地震後の混乱の中、地下鉄職員が客の避難誘導から止水板設置まで短時間に行えるのか、非常用電源が停電した場合、浸水防止機を手動で閉められるのか、など疑問を感じてしまう点もあります。また、大地震〜停電〜乗客のパニックという(ごく自然に連想できる)プロセスとなった場合、地上への出口に乗客が殺到し、折り重なり倒れて死傷者が多数発生することも容易に想像できます。
さらに、地下鉄の弱点は『変わり目』の部分と言われています。
一つは「地盤の変わり目」であり、硬い地盤と軟らかい地盤の性質の変わる場所では、地下構造物に異なる方向の力が加わりやすく、構造物も変形、破損し易くなるそうです。
もう一つは「構造条件の変わり目」、つまり地下鉄施設と地下街や商業ビルなどの接合部であり、建設時期や工法、管理方法が違うため、接合部の安全性は確保されにくく、接合部が地震で破損した場合、そこから地下水や液状化した土砂が流れ込むこともあり得るとのことです。
「とにかく地上へ、ただしパニックは避ける」という原則を忘れず、災害が発生した際の避難の要領について、鉄道各社は訓練を重ねるとともに、利用者側は、自分が通勤・通学時に使う地下鉄駅についてよく調べておく必要があると思います。