危機管理業務部 主任研究員
 椿山 巖

 令和元年東日本台風と命名された昨年10月の台風19号は、関東地方や甲信地方、東北地方で記録的な大雨を降らせ、13都県において死者・行方不明者が発生しました。この台風は、自治体の災害対応、特に災害時における犠牲者の氏名公表のあり方に関して、大きな課題を突きつけました。
河川増水02
< 大雨により増水した河川の様子 >

 令和元年12月現在の死者数は86名、行方不明者は3名となっています。しかしながら、その氏名を公表するかどうかは、それぞれの自治体の判断で分かれています。なぜなら、災害時における氏名の公表について、統一された判断基準がないからです。
 防災基本計画(中央防災会議)では、人的被害に関する情報収集・連絡について、以下のように記載されています。
『人的被害の数(死者・行方不明者数をいう。)については,都道府県が一元的に集約,調整を行うものとする。その際,都道府県は,関係機関が把握している人的被害の数について積極的に収集し,一方,関係機関は都道府県に連絡するものとする。当該情報が得られた際は,都道府県は,関係機関との連携のもと,整理・突合・精査を行い,直ちに消防庁へ報告するものとする。また,都道府県は,人的被害の数について広報を行う際には,市町村等と密接に連携しながら適切に行うものとする。』
 ご覧のように、集約し、広報するのは、あくまで「死者・行方不明者数」であり、氏名や住所の公表や取扱いについては、明記されていません。
 令和元年東日本台風で、死者の氏名を公表したのは、岩手県と長野県で、県警の独自の判断で公表した宮城県と栃木県を合わせて、4県のみとなっています。(令和元年12月現在)このような実状に対し、大手新聞などにおいても、批判的な記事が多く見受けられました。
 東京新聞によると、静岡大防災総合センターの牛山教授が、氏名公表の利点として、以下のような指摘をしています。
(1)安否確認の問い合わせが自治体などに殺到するのを防ぐ。
(2)関係機関で情報を共有しやすくなる。
 また、田島元上智大学教授は、「数ではなく、それぞれの人生を持つ人が亡くなった事実を社会全体で受け止めるため、公表すべきだ。」と匿名化が進む現状に警鐘を鳴らしています。
 実際に、西日本豪雨時の岡山県では、家族の同意なしに行方不明者の氏名を公表したことで、早期に避難の確認ができるなど、捜索活動の効率化に繋がったとされています。
 ただ、ここで重要なのは、災害の種別、死者と行方不明者の相違、住所の必要性、公表の時期・手段などを、十分に精査することだと思います。災害対応の検証や教訓を得るためなのか、迅速な災害対応(捜索活動など)のためなのか、観点の違いから見直す必要があるかもしれません。
 ちなみに、神奈川県では、令和元年12月に、台風19号による県内の死者9名の氏名を公表しない方針を明らかにしました。8名が死亡した相模原市、1名の川崎市に公表の可否を照会しましたが、ともに個人情報保護などを理由に公表を拒んだということです。
 一方、長崎県においては、地震や豪雨などの大規模災害が発生した際、死者や行方不明者、連絡が取れない人の氏名を家族の同意を得た上で公表する方針を明らかにしました。
 新型コロナ対策同様、国、都道府県、市町村、そして国民が一丸となって何かに取り組むということは、本当に難しいと痛感します。