危機管理業務部 主任研究員
井手 正
弊社は、令和2年11月19日(木)、内閣官房、大分県及び中津市が共催で実施した国民保護共同実動訓練の企画支援業務に携わる機会を得ましたので、ご参考までにその概要について紹介し、課題と感じたことを述べます。
1 訓練の概要
本訓練想定は、大分県中津市ダイハツ九州スポーツパーク大貞内にあるダイハツ九州アリーナにおいて、観客席に仕掛けられた不審物から化学剤が散布され多数の死傷者が発生、さらに観客などが避難中に新たな不審物が発見されるというもので、訓練参加機関は、警察庁、消防庁、海上保安庁、防衛省、医療機関等45機関に及びました。
訓練内容は、ダイハツ九州スポーツパーク大貞においては、被災者の避難誘導、救出救助、爆発物処理、応急救護、被災者搬送訓練が、中津市立中津市民病院においては、被災者受入、救急医療対応訓練が、中津東体育館においては、避難施設運営、安否情報収集、遺族等支援訓練が、中津市役所においては合同対策協議会運営訓練が行われました。
発災現場 救出現場 ヘリ搬送
現地調整所 救急医療 避難施設運営
2 本訓練の課題と所見
本訓練は、新型コロナウイルス対策のため、テレビ会議を併用しつつ、綿密な調整を積み重ね実施されました。この間、課題となった事項とその所見について述べます。
(1)現場活動機関の安全確保
国民保護訓練では必ずといっていいほど問題となるのが、関係機関が活動を行うに際して、現場の安全が確保されているかどうかということです。今回の訓練想定の場合、テロリストが現場周辺に潜んでいる可能性はないか、化学剤の汚染による二次災害の可能性はないかという観点で検討が重ねられ、関係機関が現場に進出し、活動を開始するまでの安全確保に関するプロセスが明確にされました。これは、1995年発生した地下鉄サリン事件で、乗客や駅員に加え、多数の消防職員や病院関係者が二次被害を受けた教訓を踏まえ、装備、資器材の整備や活動基準、関係機関の連携マニュアルの整備等様々な検討が重ねられた成果と感じたところです。
ただし、化学テロが実際に発生した場合に、関係機関が現場で安全に活動を開始できる体制が整うまでには、警察等による現場周辺の安全点検に始まり、化学剤の検知による汚染地域の特定、ゾーニング、消防警戒区域、立入規制区域の設定に基づく交通規制等の手順を経ることが必要不可欠であり、現実には相当の時間を要することを改めて実感したところです。
(2)被災者の迅速な救出
化学災害で一度に多数の傷病者が発生した場合、いかに早くかつ組織的に救出救助活動を展開していけるかがより多くの人命を救うことに繋がることはいうまでもありません。今回の訓練では、要救助者を除染所前エリアに搬出後、限られた除染所での対応のためなかなか除染が進まない、30分位は待機する被災者が出るというという状況になりました。また、救護所においても、救急車や搬送人員の不足から病院に運ぶまでに時間を要する被災者が出るという状況もありました。訓練の計画設定上、除染所の設置数や救急搬送出動数が限られていたということもありますが、実災害で多数傷病者が発生した場合には、躊躇せず、可能な限り多くの機関に協力要請して対応することが必要と感じたところです。
(3)各々の現場での柔軟な対応
これは、評価委員の方の所見の一部ですが、除染に関しては、要救助者が除染されない状況だと症状が悪くなる一方ですから、症状が重い要救助者は指揮者の判断で優先的に除染する、あるいは搬送に関しても、除染で時間がかかるまでの間、救護所の人員を搬送に使う、医療側も医療だけではなく搬送にも使う等により被災者を効率よく運ぶことでより良い医療の提供を追求できるのではないかということでした。これも訓練ならでは、計画どおり行うということにならざるを得ないところがあると思いますが、実災害は、時間との戦いであり、現場指揮者が自主裁量により、その場その場の状況に応じ、柔軟な対応を行っていくというのが実際的なところと感じたところです。
3 終わりに
今回の訓練は、1つ1つの会場が緊張感を持ちながら、なおかつ冷静沈着に粛々と訓練が進み、訓練関係者の練度は大変すばらしいと評価されるものでした。共催された内閣官房、大分県及び中津市ご担当者や訓練参加機関の方々に敬意を表します。
このような訓練を積み重ねていくことが、安全・安心な社会を構築する一助になるものと考え、引き続き危機管理業務に邁進していく所存です。