危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也

 平成30年9月6日の未明、北海道で初となる震度7を記録した「平成30年北海道胆振東部地震」が発生しましたが、震源地の胆振地方中東部から離れた札幌市清田区において「液状化現象」によって家屋が傾くなどの被害が多数発生しました。震源地から離れているにも関わらず、また一般的に沿岸部の埋立地等で発生するイメージが強い「液状化現象」が内陸部の清田区で起きたことは驚きでした。
 一番液状化被害の大きかった里塚地区以外の5カ所でも令和に入ってからも液状化被害が続きました。
 震源地から離れた内陸部において「液状化現象」が発生した主な原因として、被害が大きかった里塚地区はそもそも昔は谷であり、戦後、「谷埋め盛り土」の手法によって土埋めして作られた造成地であったため、地震の前の台風によって大雨が溜まって地下水位が上がった上に、埋設されている水道管が地震動によって壊れて大量の水が流れ出し、さらに地下水位を引き上げてしまって「液状化現象」を引き起こしたものと考えられています。また「谷埋め盛り土」の場所は実際の震度よりも大きく揺れることがあることから、同地域では相当な揺れがあったものと考えられ、大きな被害に繋がったものです。なお、清田区は昭和43年と平成15年の2回の十勝沖地震でも「液状化現象」が見られたことから、歴史は繰り返すではありませんが早急な対策が求められています。

 このように、昔は谷や池沼などであった場所を埋め立てた地域は、たとえ内陸部であっても、また震源から離れていても「液状化現象」は起こり得るのです。更に、水道管等の耐震化未整備の地域は「液状化現象」の発生を助長する恐れがあることから、その着実な整備の推進が望まれます。これらに該当する地域は全国に多数ありますので、震源地から離れている、内陸部である、との過信は注意が必要です。
 「液状化現象」とは、「緩く堆積した砂の地盤に強い地震動が加わると、地層自体が液体状になる現象」のことを言います。この「液状化現象」が起きると、砂の粒子が水に浮かんだ状態となることによって水や砂を勢いよく吹き上げる噴砂現象を引き起こすとともに、地盤が建物を支えている力を失わせてしまいビルなどの重量のある建物を沈下、傾かせたり、比較的軽い水道管やマンホールなどを浮上させたりします。やがて水が抜けてしまえば砂は元の状態よりも固まったりします。
 また、「液状化現象」が起こりやすい場所というと、埋立地、人工の島、干拓地、古い河川跡、古い池や沼の跡地及び河岸など海沿いの低湿地などを思い浮かべますが、地下水の水位が高く砂の堆積層などであれば内陸平野部においても「液状化現象」は起こるのです。
 阪神・淡路大震災における神戸市の埋立地で多発した液状化現象のイメージが強くあるためか、新しく人間の手が入った現代の都会特有の被害だと思いがちですが、実は昔から「液状化現象」というものはありました。全国の遺跡発掘現場などで液状化した砂の層が発見されたり、液状化した砂が地層を吹き飛ばす噴砂の跡が見つかったりしていますし、古文書では「泥水が噴き出す」などの表現で今に伝えられています。
 例えば、江戸末期、元号が「安政(あんせい)」【政(まつりごと)安らかなれ】に代わる要因の一つとなった嘉(か)永(えい)七年(1854年)11月4日の「安政東海地震」は、静岡県から三重県までの東海地方沿岸から山梨県、長野県までの広範囲にわたって大きな揺れ(震度6強クラス)を引き起こし、数千人もの死者を出す被害をもたらしました。これを記録した安政見聞録という本の中に駿河国(静岡県東部)での液状化を描いた図があります。また、三重県津の博物学者・歌人の岡安定(やすさだ)が自らの実体験、見聞から液状化についての教訓を子孫に書き残しています。これらについて詳説した本がありますので、以下引用して紹介します。
 “「甲(きのえ)寅(とら)の十一月駿河の国大地震により泥水をふき出す図」とあり、これが液状化による典型的な現象であることが分かる。街道の地表面には、あちこちに大きな亀裂が幾筋も平行に走り、その亀裂から盛んに地中の水が湧き出ている様がリアルに描かれている。液状化は街道を歩いていた人々の足元で大規模に発生し、あちこちで転んでいる。恐れてあわてふためき、木によじ登って避難する人まで現れる始末である。”
三宅2021-11
 “「川の土手道、山の斜面に沿った道、細い道は地割れに注意せよ」という教訓である。川土手は地下水位が高く液状化しやすい上、人工的な土盛りは地震で沈下が起きやすい。また、山肌の急斜面は揺れの影響で亀裂が生じやすく、細い道は急斜面に接していることが多い。”
 (「千年震災」繰り返す地震と津波の歴史に学ぶ 2011 ダイヤモンド社 都司嘉宣)
 特に後半の教訓部分は「古典版ハザードマップ」とでもいえるかもしれません。

 先人は自らが体験又は見聞した災害等について絵や書にするとともに教訓まで私たち子孫のために詳細に遺してくれており、誠にありがたいことです。
 このように、古くからある地名や言い伝えなど昔の忘れ去られた災害の記憶などを紐解くとともに、現代のハザードマップと合わせて身近な危険を平素から把握しておくことが重要となります。今、お住いの場所について「もともと古い丘陵地だったのか?」、「谷や池、沼は無かったか?」、「切土(きりど)なのか盛土(もりど)なのか?」、そして「過去に『液状化現象』は起きていないか?」などについて、一度チェックしてみるのも良いかもしれませんね。