危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也


 ご承知のとおり、緊急事態宣言は全面解除となりましたが、新型コロナウイルス感染症は形を変えつつ引き続き世界中で猛威を振るっており、今では、若者にも重症化を及ぼすと云われるデルタ株が既存のものと入れ替わりつつある様です。
 感染症とは、「微生物が体内に侵入し感染することによって起こる病気の総称と定義されます。ウィルスや細菌などの病原体が、野生動物や家畜などの自然宿主(しゅくしゅ)から蚊やダニなどの媒介動物を介して、飲料水や食物を介して、あるいは人から人に直接に侵入するために起こる病気」(環境省)のことです。
 これら細菌やウイルスは本来は自然界に生息していたものですが、人間の社会生活の営みが家族単位から村や国へと集団化していくとともに人間社会に入り込み、さらに文化の発展に伴い拡がってきたものです。
 我が国に限ってみますと、感染症は既に縄文時代(今から1万6千年前頃〜3千年前頃(諸説あり))から先人たちと共存するとともに脅かしていたことが分かっています。例えば、千葉県市原市の国分寺跡近くの西広(さいひろ)貝塚から出土した糞石(ふんせき)と呼ばれる化石から寄生虫が見つかっています。もともと日本列島に存在した感染症もあったのでしょうが、時代を経て稲作や鉄器などの先進的な文化が渡来人とともに朝鮮半島から渡ってきた際にも新たな感染症が一緒に入ってきました。
 その後も、飛鳥時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、そして江戸時代と歴史を積むととともに、中国を初めとした諸外国との間の各種交流に伴い、様々な感染症が持ち込まれました。先述した千葉県市原市にある国分寺跡を初め、聖武天皇は度重なる飢饉や疫病の流行、政治の混乱等に対して、仏教による鎮護国家を願い諸国に国分寺建立の詔(みことのり)を発する(天平13年(741年))とともに、東大寺に大仏を建立する詔も発しました(743年)。当時は、感染症等に対して新興の仏教に頼ることしか対策が無かったとも云えます。
 平安時代の書「源氏物語」では、光源氏の恋人が感染症に罹り「隔離」されている様子が書かれています。さらには源氏自身もマラリアと思える感染症に罹っています。そして、江戸時代になると諸外国との交流は著しく制限されましたが、疱瘡(天然痘)や麻疹(はしか)などの既存の感染症が既に日本社会に定着していて度々人々を脅かしました。特に一定の間隔で流行を繰り返す麻疹(はしか)は、流行(はやり)病として怖れられました。
 先人たちは、これらの疫病退散を願い、神仏への祈願や一部は迷信に走るとともに、治癒や養生の具体的な方策を求めました。今のようにワクチンなどの有効な薬が無い中、「疱瘡絵」や「はしか絵」を広めたりして、恐れおののく人心の安定にも寄与しました。これらの絵に添えて、清潔にすること、生水を飲まない、冷えないようにせよ、など養生の心得なども記載したりしていましたので、幕府もその一定効果を認めていた模様です。また、津波対策で有名になった石碑にも我々子孫たちにメッセージを残してくれています。例えば、埼玉県越谷市の安国寺供養碑では、安政5年(1858年)のコレラ流行時の様子などを伝えています「石に刻まれた江戸時代(吉川弘文館)」(関根達人著)。また、かわら版にも刷られました。「江戸流行病死人葬高」であり、8月1日から9月2日までの1か月間に各寺に葬られた死者数とその合計数を記したもの(写真)。これによれば死者の合計数は12万3千8百余人と記載されていますが、江戸時代の地誌である「武江年表」によれば2万8千余とあり、およそ10万人近くの開きがあります。
かわら版 投稿用
【安政年間のコレラを伝えるかわら版「江戸流行病死人葬高」】

 またマスクですが、日本における最初の使用は石見銀山の労働者用に開発された「福面」だと言われています(諸説あり)。時代的には江戸末期のことで、石見銀山資料館(島根県太田市)が旧家から出てきた図面をもとに再現し展示していたもので、採掘作業時に鉱員が粉じんを吸い込まないようにする目的で使われていたそうです。残念ながら感染症対策ではありませんでしたが、有害な物質を吸い込まないという観点では注目できます。マスクの効用が論議の的になったのも今や昔の感がありますが、未だに道を歩いているとマスクをしていない人、あごマスクの人が散見されます。店に入る際や公共交通機関に乗る際などにマスクをしようと手指にマスクを持って歩いている人もよく見かけます。マスクは自分自身を守るだけではなく相手を守ることも考えて着けるようにしたいですね。
 未だ終息の見えない新型コロナウイルス感染症に怯える毎日ですが、正しく懼れつつ、先人が遺してくれた教え・メッセージ、すなわち隔離(密を避ける)、清潔(うがい・手洗いの励行)、マスク着用など、感染症予防で守るべきことを我々一人一人が愚直に守りながら、この感染症との永い闘いに打ち克っていきましょう。