危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也


 火事は冬より春が多いと云われていますが、火事が多くなってくる季節に向かう秋の今こそ、市街地における「大火」について考えてみたいと思います。
 歴史上、村や町を焼き尽くす様な大火は数え切れなくありました。ごく最近の例では、「糸魚川市の大火」を思い浮かべることができます。
 消防白書によりますと「平成28年12月22日10時20分頃に新潟県糸魚川市のラーメン店において、大型こんろの消し忘れにより出火した。焼損棟数は147棟(全焼120棟、半焼5棟、部分焼22棟)、焼損床面積は30,213.45m2にも及び、昭和51年の酒田市における大火以来40年ぶりの市街地における大規模火災(地震を原因とするものを除く。)となった。17人が負傷(一般人2人(軽症2人)、消防団員15人(中等症1人、軽症14人))したが、死者は発生していない。」(出典: 総務省消防庁 平成29年版消防白書)とあります。
糸魚川市大火_写真

【懸命の消火活動の様子】出典:総務省消防庁 平成29年度版 消防白書

 国土交通省が実施した現地調査報告(速報)(平成29年1月13日)では、出火は10時20分頃、火災覚知(10時28分)から19時頃(鎮火;16時30分、鎮圧;20時50分)までの風速は10m/s前後(10分間平均値)、最大瞬間風速は20m/s前後で推移していましたが、12時10分には最大瞬間風速が24.2m/s(風向は南)を記録しました。
 ちなみに風の強さは、下記のとおりです(気象庁)。
 ・『やや強い風』 10m/s以上15m/s未満
   → 風に向かって歩きにくくなる。
    傘がさせない。
 ・『強い風』 15m/s以上20m/s未満
   → 風に向かって歩けなくなり、転倒する人も出る。
     高所での作業はきわめて危険。
 ・『非常に強い風』 20m/s以上25m/s未満
   → 何かにつかまっていないと立っていられない。
     飛来物によって負傷するおそれがある。
 これによりますと、出火後は『やや強い風』が断続しつつ、時には『強い風』や瞬間的には『非常に強い風』が吹いていたことが分かります。この時に吹いた風は、地元では「蓮華(れんげ)おろし」と呼ばれる山から海側に向いて吹く強い南風で、今回だけでなく過去にも何度も繰り返して大火を発生させた要因の一つでした。
 また、平成28年の大火の要因として、強風とともに「飛び火による延焼」が考えられ、それに基づき国土交通省が行った調査の報告(広報)によりますと、空中撮影やヒアリング、映像記録などから各建物に延焼が及んだ時刻や方向を分析して「飛び火」があったと見られる建物を特定しましたが、これらの建物は屋根のみが焼損したものや屋根から燃え始めたと見られるものが多く、現地に多く見られた昭和初期仕様の瓦屋根の隙間から火の粉が入って屋根下地が燃えたものとみられています。
 この様に市街地における大火は強風によって延焼拡大し易く、紙と木で出来た木造家屋がほとんどであった江戸の町では「火事と喧嘩は江戸の華」と云われるほど多くの火事がありましたが、この大火の後には防火のための火除地を設けたり、定火消しを置いたりなど防火を考慮した町づくりが進められました。
 糸井川に話を戻します。江戸時代は、朝に一回ご飯を炊いて昼、夜も食べるというのが一般的でしたが、糸魚川では夜にご飯を炊いて夜の災害などに備えてきました。
 そして、何もなければ次の日の朝にはお粥にする、というものでいざという際の食料を確保しておくという先人の一つの知恵でした。
 また、新しく復興しつつある建物の多くは耐火性で飛び火にも強く、あちらこちらに見られる用水路や防災広場の存在(まさに火除地)、そして燃えにくい銀杏など防火樹の植樹など、糸魚川の先人による大火への備えを復興計画においても引き継いでいます。加えて、蓮華おろしが吹き込んでくる風上に当たる場所に鎮座する神社の存在は先人からのメッセージでもあり、これらの「先人の教え」の実践こそが昔から断続的に繰り返す大火に遭遇しても比較的被害を小さく抑え込めてきた大きな理由なのではないかと思われます。
※ 糸魚川大火の詳しい記録は、糸魚川市ホームページ(外部リンク) に掲載されています。
 大規模火災は自分たちの町でも起こりうるものと考え、地域住民の危機意識を向上し、また共有し、大火などの災害への危険度を把握して日頃から災害に強い町づくりについて考え実践することによって災害による被災を局限することこそが、先人たちが我々子孫に遺してくれた数々の教えへの恩返しに繋がるのではないでしょうか。