危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也

 「先人の教え」シリーズは、これまで「先人の教え」、「先人の教え【番外編】」として続けて参りましたが、新たに「新・先人の教え」シリーズとして衣替えして再出発いたします。先人の教えといえば古い祖先(人間)が遺してくれたものが一般的ですが、本シリーズでは、これまでとはやや異なり、比較的新しい時代の防災に関して先人が遺した教訓などについてもスポットをあてたいと考えています。

 新シリーズ最初の今回は、人ではなく災害そのものの痕跡(災害遺構=物)について取り上げたいと思います。
 災害遺構等に関しましては、内閣府が運営しているホームページに詳細にまとめられていますので参考にすることをお勧めします。これは、平成28年3月、内閣府の依頼に基づき東北大学(災害科学国際研究所)が作成した『「災害遺構」の収集及び活用に関する検討委員会』報告書を元に作成されたものです。
 参照:内閣府「災害遺構で地域の防災の知恵を学ぼう!」

 早速、私事になって恐縮ですが、私は千葉に住んでいますが、千葉にも災害遺構があります。一例を紹介しますと、南房総市白浜にある「大規模地すべりの露頭(ろとう)」です。約200万年前にあった巨大地震の痕跡が道路わきに露出しているのです。複雑な地層面が確認でき、それ自体ではなかなか分かりにくいですが、説明板もありますので勉強になります。大規模海底地すべりの露頭

 また、最近、防災に関するニュースを見ていてショッキングなものが一つありました。それは、約千年前に房総沖で記録に遺っていない様な大地震、津波があったという確かな痕跡が発見されたというニュースです。新聞等にも出ていましたのでご覧になった方も沢山いらっしゃると思います。
 海岸を掘って堆積(たいせき)遺物を収集し調査をした結果、記録に遺っている江戸期の地震による津波と思われる痕跡が発見されたのですが、それとは別に約千年前後も昔の痕跡も発見されたのですが、これは全く記録にも伝承にも遺されていないものだったそうです。 
 これまで先人の教えシリーズでは、先人(人間)はあらゆる手段で私たち子孫に災害に関する貴重な教えを遺してくれていると紹介して参りましたが、その先人(人間)も遺せなかった様な災害が現実にあったということが明らかになったのです。この様に、災害遺構という「物」は先人(人間)の教えを補完してくれるものでもあり、是非その活用を図っていきたいものです。

 なお、災害遺構等につきましては、過去2回の「先人の教え」シリーズにおきましても、メインではなく触れる程度ですが、幾たびか紹介してまいりました。
 例えば、『先人の教えΑ嵎幻イ飽笋気譴榛匈欧竜憶」(2020.8.3)』では、「…報告書『東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告』によりますと・・・災害の概要が不明確な貞観三陸沖地震(869年)、慶長三陸沖地震(1611年)、延宝房総沖地震(1677年)などを考慮外としたことを真摯に反省し、たとえ確からしさが低くても地震・津波被害が圧倒的に大きかったと考えられる歴史地震については十分考慮が必要としました。さらに、・・・数千年単位での巨大津波の発生を確認するには、地震学だけでなく津波堆積物調査などの地質学、考古学、歴史学等の統合的研究の充実が重要と提言したことは・・・」と記しました。
 また、『先人の教えА攤能】「日本人は如何に災害と付き合ってきたか」(2020.11.9)』におきまして、「・・・土石流のために一つの村が5〜6mの高さの土石に丸々埋まってしまいました。・・・村人たちは、慌てて村の唯一高台にある鎌原観音堂に逃げ登りました・・・昭和54(1979)年の発掘調査の際には埋まっていた石段から若い女性と年配の女性の2体の白骨が発見されました。・・・」  
 さらに、『先人の教え【番外編】「液状化現象は昔からあった!?」(2021.8.23)』では、「・・・全国の遺構発掘現場などで液状化した砂の層が発見されたり、液状化した砂が地層を吹き飛ばす噴砂の跡が見つかったりして・・・」などです。
見つける
 災害の痕跡、災害遺構は人為的なものではなく「物」ですので、先人(人間)の様には私たちに直接語りかけてはくれませんが、「かつて、どこで、どのような災害があったか」など、動かぬ物証を遺してくれており、私たちがアンテナを立てて観る目と、聴く耳さえ持っていれば必ず語りかけてくれます。ですから、私たちはこの黙した災害遺構を無視することなく、真摯に探し出し、その「語り掛け」を正しく聴き出して理解・普及等して、次に来る災害に備え減災に繋げることが必要なのだと思います。