危機管理業務部 主任研究員
福島 聡明
東京都は、東日本大震災を踏まえ策定した「首都直下地震等による東京の被害想定(平成24年公表)」及び「南海トラフ巨大地震等による東京の被害想定(平成25年公表)」を10年ぶりに見直し、その結果を「首都直下地震等による東京の被害想定」報告書として、令和4年5月25日に公表しました。
東京都は今後、本報告書を踏まえて地域防災計画を修正し、必要な対策を強力に推進することで、東京の防災力を高度化していくとしています。
公表後、この内容はメディアでも数多く紹介されていましたが、それらの内容も参考に、改めて概要等についてまとめてみました。詳細については、東京都防災ホームページで公開されていますので、ご確認ください。

【対象とした地震等】

※赤字で示した、都心南部直下地震と多摩東部直下地震のほか、活断層型の立川断層帯地震、
海溝型の大正関東地震(1923年の関東大震災、M8クラス)と南海トラフ巨大地震(M9クラス)
で被害量を算出
南関東ではこれまで200〜400年間隔でマグニチュード(M)8クラスの巨大地震が発生し、その地震の前にはM7クラスの地震が複数発生してきました。M7クラスの地震が関東南部で発生する確率は今後30年間で70%、首都直下地震はいつ襲ってくるかわからないと言われています。
そんな中、想定したのは、首都機能や交通網に大きな影響を及ぼす「都心南部直下地震」のほか、島しょ部への津波の影響が大きい南海トラフの巨大地震など8つの地震です。
東京都は、10年前には東京湾北部を震源とする地震を想定していましたが、その後の研究などで東京湾北部は100年ほど前の大正関東地震(関東大震災)で既に地震が起きている可能性が高いとして、今回の想定で改めて都心南部を震源とする地震で想定を見直したようです。結果として、首都直下地震の対策にあたって政府の中央防災会議が主な震源とみているプレート内の都心南部に足並みを揃えた形と見られています。
※「首都直下地震」とは…
東京都や神奈川、埼玉、千葉各県など首都圏周辺で起きる、プレートの境界や内部を震源とするM7級の地震のこと。政府の中央防災会議は発生場所別に19パターンに分類しており、このうち最も被害が大きく首都の中枢機能に影響すると考えられる都心南部直下地震(M7.3)が、防災対策を検討する中心として位置づけられています。
【東京における被害想定(被害の概要等)】
➀地震の震度など
最も大きな被害が想定されたのは、冬の夕方・18時に、風速8m/sの中、大田区付近を震源として起きるM7.3の「都心南部直下地震」です。
震度想定では、湾岸部の江東区や江戸川区など11の区の一部(約14㎢)で震度7の揺れを観測し、23区の約6割(東部と南西部を中心に約388㎢)では震度6強以上に見舞われると想定しています。
➁前回想定との比較(新旧対照表)
➊死者、負傷者
最も大きな被害が想定された都心南部直下地震では、揺れや火災により都内で最大6,148人が死亡、このうち建物倒壊による死者が3,666人、火災による死者が2,482人と想定されています。
また、負傷者は約93,400人、そのうち約14,000人が重傷と想定されています。
➋建物被害
揺れや火災などによる建物被害(全壊・焼失)は約194,400棟、そのうち地震の揺れにより全壊する建物は約81,000棟(木造:約69,000棟、非木造:約12,000棟)にのぼり、火災でおよそ112,200棟が焼失すると想定されています。
さらに、液状化による全壊被害も約1,500棟におよぶと想定されています。
➌火 災
火災は、特に冬の夕方18時に地震が発生した場合に被害が最も大きくなり、都内全体で915件の火災が発生、そのうち623件は初期消火することができずに燃え広がってしまう想定となっています。
この結果、火災によって消失する棟数は約119,000棟であり、これは島しょ地域を除く東京全体の建物の約4%にも達しているそうです。
➍避難者
避難者数は、4日〜1週間後に最も多くなり、最大約299万人に達し、そのうち避難所に避難するのは約200万人になると想定されています。
➎帰宅困難者
帰宅困難者は、昼12時に地震が起きた場合に最大となり、東京都市圏の人は、自宅までの距離が10km以内では全員が帰宅可能としてみても、約415万人が帰宅困難になると想定されており、東京以外の地方や海外の人は約374,000人で全員が帰宅困難となり、合計では最大約453万人が帰宅困難になると想定されています。
➏ライフライン被害等
停電率は約12%、断水率は約26%と想定されています。
また、都内にあるエレベーターの台数は約166,000台と推計されていますが、地震発生時にエレベーターが停止して閉じ込めにつながり得る台数は約22,000台(約13%が停止)と想定されています。
➐その他(経済被害)
その他、東京が首都であるがゆえに起き得る影響についても想定されています。
都内に本社を置く企業の「本社機能」が停止することで倒産の危機に至る可能性や、東京証券取引所の売買が一時停止する可能性などから、経済的な被害は約21.5兆円にのぼるものと想定されています。
➑前回想定との比較
前回(10年前)の想定で最も大きな被害が出るとされた地震は「東京湾北部地震」でしたので、今回の想定の「都心南部直下地震」とは震源の位置や深さが異なるため、単純に比較することはできないようですが、ざっとまとめてみると次表のとおりです。

・死者、負傷者
今回の死者の想定数は6,148人、前回の2012年の東京湾北部地震における死者の想定数は9,642人ですから、3,494人、3割余り(10年前の想定数の6割まで)減少しています。
また、今回の負傷者の想定数は約93,400人、前回の2012年の東京湾北部地震における負傷者の想定数は約147,600人ですから、負傷者数についても約54,200人、3割余り(10年前の想定数の6割まで)減少しています。
・建物被害
今回の建物被害の想定数は約194,400棟、前回の2012年の東京湾北部地震における建物被害の想定数は約304,300棟ですから、約11万棟、3割余り(10年前の想定数の6割まで)減少しています。
・避難者
今回の避難者の想定数は最大で約299万人、前回の2012年の東京湾北部地震における避難者の想定数は約339万人ですから、約40万人、1割余り(10年前の想定数の9割まで)減少しています。
・帰宅困難者
今回の帰宅困難者の想定数は最大で約453万人、前回の2012年の東京湾北部地震における帰宅困難者の想定数は約517万人ですから、約64万人、1割余り(10年前の想定数の9割まで)減少しています。
ちなみに、2011年の東日本大震災では、都内で352万人の帰宅困難者が発生したとされています。
・被害想定が減少した理由等
今回の人的被害や建物被害の最大想定が当時から3〜4割減少した理由として東京都は、この10年間でいまの耐震基準に基づいた住宅が増えて9割以上になり住宅の耐震化が進んだこと、火災が広がる恐れがある木造住宅が密集する地域が半減して不燃化が進んだことなどと分析していますが、依然として1995年の阪神・淡路大震災級の死者数であることに変わりはありません。
また、全壊する建物の約8割は、耐震基準が厳しくなる前の旧耐震基準で建てられた建物です。東京の木造住宅の耐震化率は(後に記載のとおり)建て替えなどによって耐震化が進んできているものの、まだまだ古い建物の耐震化を進めていく必要があるとしています。
東京都は2012年の地域防災計画で、同年からの10年間で死者を約6,000人、建物被害を約20万棟それぞれ減らす「減災目標」を設定しており、今回は前回の想定と比べ、死者は約3,500人、建物被害は約11万棟といずれも減少する想定となっていますが、減災目標には達しておらず、依然として被害の想定は膨大であることからも、さらなる被害軽減への努力が必要だとしています。
(その他の地震の被害等)
都心南部直下地震と同様の確率で起こる可能性がある多摩東部直下地震(M7.3)では、都内で約5,000人が死亡すると推計されています。
また、首都直下型ではなく海溝型の南海トラフ巨大地震(M9クラス)があった場合は、揺れによる被害はほぼ発生しないものの、津波が発生し、23区の沿岸部では2m以上、島しょ部の式根島では最大約28mが観測されると予測されています。
【この10年での変化等】
この10年で私たちの暮らしは大きく変わりました。何がどう変化したのでしょうか。
➀住宅数
住宅の数については、最後に調査が行われた2018年までの10年間の推移を見ると、2008年:6,780,500戸→2018年:7,671,600戸と89万戸あまり増加したそうです。
➁耐震化率
住宅の耐震化率については、戸建て住宅は、2010年:71.0%→2020年:86.9%と約16%上昇。マンションなどの共同住宅は、2010年:85.5%→2020年:93.8%と8%あまり上昇したそうです。
➂木造密集地域の面積
木造住宅の密集地域の面積については、2012年度末:16,000ha→2020年度末:8,600haと、半分程度に縮小したそうです。
➃6階以上の共同住宅に住む人
東京都内の共同住宅の数は、この10年間で全国平均を上回る勢いで増加しており、共同住宅の居住者は5,021,540世帯に及んでいます。
特に6階以上の高い階の共同住宅に住む世帯数は、2010年:776,968世帯→2020年:1,035,993世帯と、約26万世帯(3割以上)増加したそうです。
➄高層建築物数
都内にある高さ45mを超えるタワーマンションなどの高層建築物は、2010年:2,481棟→2020年:3,558棟と約1,000棟(約1.4倍)増え、9割以上が23区内にあるそうです。
この他にも、今や欠かせないツールとなったスマートフォンは、通信手段の在り様を劇的に変化させ、日常生活を便利にした反面、災害時には繋がりにくいというデメリットを持っています。今回の想定で東京都は、この10年間で設置台数が半減した公衆電話に「東日本大震災当時以上の長蛇の列が発生する」と想定しています。
また、消防団や自主防災組織の組織率が低下し、社会構造の変化が災害対応上のリスクとなっていることに加え、10年前に比べて、高齢者は出火しやすい木造建築物密集地域の木造家屋に独居し、エレベーターが止まりやすい高層マンションに住む人(若い世代)が増えているなど、世代ごとに特有のリスクが生じていることも新たな問題に繋がると、専門家はみているそうです。
次回は、今回の想定で新たに盛り込まれた「身の回りで起こり得る災害シナリオと被害の様相」を主に見ていきたいと思います。