危機管理業務部 主任研究員
 大木 健司

 2万2千人余りの人々が犠牲になった東日本大震災の発生から11年が経過し、被災からの復興とともに、東日本大震災・原子力災害伝承館の開館など、震災の記憶と教訓を後世に伝えて行くための事業が各地で進んでいます。
 私も地震と津波の恐ろしさや悲惨さを追体験し、今後の防災訓練等に活かせればと思いながら、震災の遺構をいくつか訪ね歩いていますが、「聞く」と「見る」のでは、やはり違いがあり、遺構を目の当たりにすると津波の破壊力を肌で感じ、その対策や被害の復旧には、多くの資源が必要となることが推測できます。
 皆さんが、すでにご承知の遺構も多く、ネットで検索すれば詳細が分かることばかりではありますが、遺構のあらましを紹介させていただきます。
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【陸前高田町(奇跡の一本松)】
 先ず、2016年6月に訪問した陸前高田町の遺構である「奇跡の一本松」です。
 奇跡の一本松へは、JR気仙沼駅から大船渡線のBRT(ば高速輸送システム)に乗り換え、「奇跡の一本松駅」(道の駅高田松原付近)で下車します。BRTの乗車時間は約30分です。
 太平洋側の広田湾に面した高田松原は、渚百景にも指定されていた景勝地でした。津波の直撃を受け、ほとんどの松の木がなぎ倒されてしまいましたが、松原の西端付近(陸前高田ユースホステルの敷地内)に立っていた一本松が津波に耐えて残ったことから、震災からの復興への希望を象徴するものとして「奇跡の一本松」と呼ばれるようになったそうです。
 一本松が立っている陸前高田ユースホステルも津波で水没(全壊)してしまいましたが、この建物があったおかげで一本松が残ったと言われています。
 残念ながら、保存事業の途中で、一本松は枯死してしまいましたが、人工的な保存処置が施され、復興のシンボルとして整備され、現在に至っています。

【南三陸町(防災対策庁舎)】
 防災対策庁舎は、町役場の行政庁舎の1つで、海抜1.7mに位置し、海岸からの距離は約600m、3階建ての庁舎で、屋上(12m)にある避難場所より高い15.5mの津波に襲われ、庁舎で災害対応にあたっていた職員53名のうち、43名が犠牲になりました。
 防災対策庁舎一帯は、甚大な被害の記憶と教訓を次世代に伝えるため「南三陸町震災復興祈念公園」として整備され、2020年12月に全体が開園したそうです。
 公園は、BRT志津川駅から徒歩1分くらいです。
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【南三陸町(高野会館)】
 高野会館は、町内にある観光ホテルが運営する結婚式場で、海から約200mの場所にある4階建ての建物です。地震発生約40分後に約15mの津波が押し寄せ、屋上も30cm浸水しました。
当日は老人会の催しが行われおり、327名の高齢者や近隣の人と犬2匹が屋上に避難して全員が無事だった施設です。
 私は、震災前に高野会館を運営する観光ホテルに宿泊したことがあり、このホテルが震災時に約600人もの避難者を受け入れていたこともあって、資料収集を兼ねて、このホテルに宿泊しましたが、ホテルが宿泊客を対象に「語り部バス」を運行していることを知り、被災施設などを巡ることができました。
 停電でパニック状態になり、外へ避難しようと玄関に殺到する高齢者達を「建物の外に出たら危ない」と判断した従業員が迅速に屋上へ避難させ、難を逃れたとのことでした。