危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也


 「防人(さきもり)」といえば、天智天皇の御代、白村江(はくすきのえ)の戦いに敗れ、その追撃に備えるため主に東国から徴兵されて北部九州防衛に赴いた男たちの事です。その防人たちが故郷、パートナーを偲んで歌った和歌が多く納められているのが最古の和歌集とされる万葉集です。
 最近は、自衛隊大好き芸人があちこちの自衛隊に潜入してディープに紹介するというTV番組があります。そういう番組に出て来る自衛隊・自衛官は確かに格好が良いですね。
ところで、次の写真をご覧になってどう思われますか。
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 「(素直に)ありがとうございます。」や「ただ、ただ頭が下がります」などの
他に、(わぁ、大変そう。こういう人たちがいるから確かに助かるけれども・・・『自分はゴメンだな』)などと思ったりしていませんか。
 暑かろうが寒かろうが、雨が降ろうが雪が降ろうが、TVカメラも入れない様な時間・場所、すなわち 〜最前線の災害現場〜 において、愚直(ぐちょく)に災害と闘うのが自衛官なのです。そして、その日の活動を終えると毛布も何もない中、戦闘服のまま雑魚寝(ざこね)して泥の様に眠り、次の活動への英気を養うのも自衛官なのです。
 これが現代の防人ともいえる自衛官の真の姿の一つです。確かにTVとかで見る格好良さは無いかもしれませんが、これこそが頼もしくてカッコイイではありませんか。
 東日本大震災においては、自衛隊は名実ともに日本という国家・国民の「最後の砦(とりで)」であることを明確に示しました。このことは、日本で信頼されている組織や公共機関に関する世論調査において、東日本大震災以降、自衛隊がほとんどトップであり続けたことや、内閣府が3年に1回実施している「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」の結果などからも、災害派遣等における国民の信頼の厚さが分かります。
 ところで、自衛隊による災害派遣には3つの要件があります。すなわち、 峩杁淦」、◆嵌鸞綢慇」、「公共性」です。意味するところは、〆垢掲った必要性があること、⊆衛隊の部隊が派遣される以外に他の適切な手段がないこと、8共の秩序を維持するため、人命又は財産を社会的に保護しなければならない必要性があること、です。
 何か災害が発生しますと、自衛隊が災害派遣されます。最近は鳥インフルエンザへの対処や豚コレラの処分など、そして令和2年の九州豪雨では人間だけではなく数10頭の豚を救出したり等、「どうして自衛隊が?」と疑問に思わざるを得ない様な派遣や、コロナ禍にある現在ではまさに国民へのワクチン接種をしたりするなど、ある意味、日本という国家が何か困った時の国としての「何でも屋さん」的な存在になったかの感があります。この様に、自衛隊への派遣要請の基準が低くなり、何でも自衛隊に頼むという風潮になってきた、という声も聞かれます。
 「災害派遣」が自衛隊の本来任務の従たる任務の一つとなって久しいですが、あくまで本来任務の主たる任務は「国防」なのです。まさに現代の防人として、日本という国家・国民を外敵から守ることなのです。
 しかしながら、現実には災害派遣によって、自衛隊は本来任務であり主たる任務である国防のために費やす訓練時間や燃料等が削られたりしているのも事実です。
 東日本大震災の際、被災支援の手を差し伸べつつも、被災直後から日本領空付近にヘリや航空機を度々接近させていた一部の国々がありました。これは、被災対応(自衛隊の災害派遣)によって生じる可能性のある国防の穴の有無、弱点を見極めたり、自衛隊と救援に来てくれた米軍との共同連携の状況を見るなどの狙いがあったものと推量できます。友邦であるアメリカが純粋に手を差し伸べてくれた「トモダチ作戦」とは全く異なるものですが、これが国際政治の冷徹な現実ともいえます。  
 つまり、当時、自衛隊は「災害派遣」と「国防」という二正面作戦を同時に闘っていたのです。
 現在の国際情勢を見ても、ウクライナ戦争や日本周辺における一部の国々の軍事的な示威行動などからも分かるとおり、国防においてもしっかりと備えが必要です。そして、国防という最大の危機管理においても先人の教えから学ぶことが求められます。一方、5月に行われたNHKの世論調査においては5割以上の国民が防衛費を増額すべきと回答しています。
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 戦闘服のまま雑魚寝をしている自衛官の姿を思い浮かべてください。派遣要請によって災害派遣され、疲弊し切った自衛官、自衛隊が、もっと大規模な災害が同時に生起した場合、またはあってはなりませんが国防という国家存亡の最大危機に陥った場合に、本来出すべき最大の能力を発揮することができるのでしょうか。
 そういう時にこそ、私たち国民を全力で守って貰うためにも、「その災害派遣要請には、本当に「緊急性」、「非代替性」、「公共性」があるのだろうか。特に『非代替性』があるのか。」のフィルターを、もう一度掛け直してみる事が必要ではないでしょうか。TVではありませんが、「そこに、『非代替性』はあるんか?」と問い直してみたいものですね。