危機管理業務部 主任研究員
 三宅 丈也


 新シリーズ第5回目となる今回は、「避難」について考えてみたいと思います。 
 「先人の教え」シリーズА2020年11月9日掲載)において、火山災害における鎌原(かんばら)村の復興事例を紹介しました。これは浅間山噴火に伴う土石流によって一村がまるまる埋まってしまうものの、奇跡的に復興して現在に至るというものです。 
 土石流から逃れるべく、村人たちは村で唯一の高台である観音堂に逃げ上っていくのですが、ある者は助かり、ある者は助からなかったのです。昭和の発掘調査であと少しの所で助からなかった母を背負った娘と思われる二人の女性の白骨が発見されました。この娘らしき人物は単独で階段を逃げ上がっていれば生き残れたかもしれません。逃げる途上、「(母を)捨てて行け、お前だけ逃げろ」という母の哀願と、((母を)絶対助ける)という娘の堅い決意と行動が、幾たびも二人の間で繰り返されたことでしょう。しかしながら、どちらの願いも行動も通じなかったという現実に涙するものです。21-画像1
 東日本大震災時、『釜石(かまいし)の奇跡』と云われ、中学生が小学生を手助けしつつ高台に避難する、という避難のお手本とされる事例がありますが、当の中学生の一人による述懐では忸怩(じくじ)たるものがあったそうです。それは、彼女が避難開始する中学校に隣接する小学校の小学生たちのことが気になりつつも、最初は自分たちだけで逃げていたそうで、途中から多くの人たちに助けられて追いついてきた小学生の手を引いて最終的に逃げ延びることが出来たのだそうです。
 過去に幾度も津波被害を受けている東北地方三陸沿岸では、「津波てんでんこ」というものがあるそうです。お聞きになった方もいらっしゃると思いますが、津波情報を認知したならば、各自がめいめい(てんでに)「(高台に)逃げよ」という教えで、家族はきっと無事に逃げているものと信じて自分だけでも逃げるというものです。
 これら日本(東洋)のポンペイといわれる鎌原村の母娘と思われる先人の姿や、釜石の奇跡、東北の「津波てんでんこ」という先人の教えによって、私たちは、災害、特に土石流などからは空振りを厭(いと)わず「先ず逃げる!」ということの重要性を学べます。土石流や津波、また河川の増水・氾濫などは、私たちに躊躇する暇(いとま)さえ与えないほどのスピードで襲ってくるものであり、まさに時間との戦いだからです。
 しかしながら、人は災害を認知してもなかなか避難を開始しないというのも事実です。西日本豪雨における避難率についての新聞報道等では一桁など極端に低く報じられたりしていますが、国土交通省によるアンケート調査では自宅、知人宅等を含めて実際に避難した人の割合は約45%であったそうです。それでも半数にも達してはいませんが。21-画像2
 また、この調査結果等を含め、避難開始のきっかけとして最近注目されているのが、「人からの声かけ」です。例えば災害時、皆さんのお隣さんが「私たちは○○へ避難します」と声かけして来たとしたら如何でしょうか。それまで避難を躊躇していたとしても危機感を持ち自分たちも・・・となるのではないでしょうか。これは周りの動きに合わせようとする人間心理に働き掛けるもので「率先避難者」とも呼ばれ、まさに「共助」の一つです。ここで大切なのは早めに声掛けをすること、並びに、避難経路上の最新の情報の入手と共有です。日頃の挨拶など人間関係の構築やSNSなどのツール利用も有効となります。
 しかしながら、一番悩ましいのが、避難する際に一人だけ逃げるのか、誰か助けられなかったのか、などの避難した人の「心の負い目」です。人は誰しも自分だけ助かってしまった、他の人を見捨ててしまった、という自責の念を持ち易いものですが、時と場合によっては留まることによって犠牲が増えるという現実もあります。東北の「津波てんでんこ」は、まずてんでんばらばらに(高台に)逃げよ、ということが昔から広く普及しています。この鉄則によって、「心の負い目」というものは随分と緩和をされます。これも素晴らしい「先人の教え」なのでしょう。
 防災においては、ご存じの通り自助、共助、公助があり、特に共助の重要性についてよく述べられますが、災害、特に土石流や津波、また河川の増水・氾濫などにおいては先ずは自助、自分が生き残ることが最も大切なのです。自分が助かることによって、助けられる側の人数を減らすことにもなり、かつ他の人を助けられるということにも繋げられるのです。「釜石の奇跡」の事例がまさにそうです。
 また、共助という観点では、災害弱者への支援をどうするのかという問題があります。昨年、これまでの避難指示、避難勧告が避難指示に一本化されるなど災害対策基本法の大幅な改定がありました。その中で、市町に避難行動要支援者の避難方法を定める個別計画の作成が求められていますが、消防庁によれば未だ4割弱が未作成とのことであり、家族にとっては「津波てんでんこ」と言われても・・・というのが本音でしょう。地域社会として、どう支援するのかについて真剣に取り組み、避難計画やマニュアルを作成し、それを訓練によって検証して、また改善する、ということを愚直(ぐちょく)に繰り返すことこそが大切です。
 災害が発生しそうな場合、又は今まさに発生している場合、特に土石流や津波、または河川等の増水・氾濫などの恐れがある場合は、躊躇せず「まず逃げる!」ことが重要となります。結果として、オオカミ少年の逸話の如く、空振りになることがほとんどだと思いますが、避難すべきかどうか、自分だけが・・・、外は寒い、暑い、雨が降っている・・・など、その躊躇する一瞬が生命の分かれ目になることもあります。勿論、過去には大雨の中、避難したがために濁流に飲みこまれたという不幸な事例もあります。災害の態様によって、どこに避難するのか、しないのか、ハザードマップ等を参考にして日頃から決めておくことが大切です。
 例えば、津波情報が出て低地に居る様な場合は高所へ避難する必要があります。この場合、予想よりも大した津波ではなく空振りになることが多いことでしょうが、空振りと後ろ向きに捉えるのではなく、助かって良かった、いざの為の良い訓練が出来た等、「空振りではなく、素振りが出来た」と是非前向きに捉えたいものです。