危機管理業務部 主任研究員
 木村 栄子


 国指定天然記念物「岩神の飛石」は周囲70メートル、高さ10メートルの巨岩で、昭和13年12月14日の天然記念物指定時より「赤城山の噴火による」と考えられていましたが、文化庁長官の特別な許可及び所有者の承諾を得て採取された試料をもとに、組成分析、熱ルミネッセンス年代測定など数種の検査の結果、「浅間山方面由来の岩石」とラジオで聞き、浅間山から直線距離51km、巨岩を飛ばした浅間山の火山活動を想像することはできませんでした。現在の浅間山は時々、思い出したように白い噴煙を上げる程度で、穏やかな活火山であるため、警戒区域(火口から4km以内)で立入りを禁止されていますが、登山道への立ち入りは認められています。
(写真から巨大さと周囲の地形・地質と異ることが確認できます。)
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 調査報告書の序文に当時の前橋市教育委員会教育長 佐藤博之氏が(前文略)街中に忽然と聳え立つ「岩神の飛石」は人の目を威圧させるばかりの巨岩で、その姿は時として神の依代をもイメージさせる(中略)「岩神の飛石」は火山活動によって生成された岩石(中略)浅間山からか。それとも赤城山からなのか。いずれにしても、この巨岩を運んだ火山活動の大きさはいかに。(以下、略)と記していますとおり、周囲の地形・地質と全く異なる「岩神の飛石(赤岩)」は、まるで飛んできたかのように周囲の地形・地質と全く異っていたためか、いつからか飛石と呼ばれていました。また、天然記念物指定の申請書(1935年)に奇怪な伝承が残されており、その昔、石工が石を切り出し一儲けしようと岩にノミを入れたところ、岩から多量の血が流出、恐れおののき、神と崇め、祠を建立、これが後に稲荷神社となり、地名も「岩神村」と呼ばれるようになったと記載されています。
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 調査の結果、今から2万4300年前、浅間山(現在の標高2568m)の山体崩壊で流れ出した崩壊土砂が嬬恋村標高900m付近で冷え固まり、山間を蛇行し流れる吾妻川の渓谷を下り、渋川市(標高200m)で利根川に合流、赤城山噴火の火山泥流でさらに下流へ運ばれ、利根川の洪水で岩神町(標高約110m)まで、道(川)のり約60km、標高2568m→110mへ飛ぶでなく、流され移動したことがわかりました。(「岩神の飛石環境整備事業報告書」から引用)巨石を運んだ想像もできない自然の力にどのように備えるのか、「岩神の飛石」はその大きさ、存在感をもって、今も私たちに問いかけているかのようです。
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 6つの活火山(浅間山、草津白根山、榛名山、日光白根山、赤城山)がある群馬県の温泉は96、その中でも3名湯(草津・四万・伊香保)のひとつ、四万温泉に、映画「千と千尋の神隠し」モデルとなった日本最古の木造湯宿建築「積善館」があり、夜に浮かび上がる幻想的な空間はまるで、映画の中に入り込んだかのような体験ができます。火山の恩恵ともいえる温泉でのんびりできるのは、今だけかもしれません。